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今日は新入りが入ってきた。
六〇三号室にぶち込んだ。
威勢のいい若い男だったが、それも最初だけだった。竹刀で全身をボコボコに叩いていたら随分とおとなしくなった。
今日実行するヤツは別にいる。
三〇一号室の野々村という男だ。
俺は三〇一号室に向かう。
鍵を開け中に入ると、怯えた男が鎖に繋がれていた。顔は腫れ上がり片目は視力を失っている。
「何が目的だ」
男の問いかけに俺は答えない。
「こんなことしてどうなるかわかってんのか?」
「お前こそ自分のやったことがわからないのか」
「俺は罪を償った。だからこうやってシャバに出てきたんだ」
俺は大きくため息をついた。
やはり何もわかっちゃいない。刑務所で数年社会から隔離した程度では人間は変われない。きっと同じ過ちを繰り返すだろう。
俺は男の足首に巻きつけられている重厚なチェーンを少しだけ緩めた。これで小股で歩けるようにはなる。
男の不安そうな表情がこちらを見ていた。
反撃を考えているのだろうか。だとしたら浅はかだ。チェーンの重さは十キログラムもある。多少の自由がきいたとしても思うようには動かせるはずがない。
後ろ手にくくりつけてある手を持って立ち上がらせた。手足のチェーンが軋む音がする。
「出ろ」
俺は男を連れてエレベーターで最上階の六階にあがった。
エレベーターは二機ある。先程使っていない方の扉の前に立つ。
男が怯える声で何か話しかけてきているが一切を無視した。それはこの男があの子にた対してそうしてきたからだ。
やった事はやられればいい。やられなければわからない。
俺はエレベーターの扉の隙間に手を入れこじ開けた。ゆっくりと動いた重たい扉の奥には何もなかった。エレベーターの箱は存在しない。
男の後ろに周りエレベーターの前に行くように言った。
「無理に決まってんだろ。お前俺を殺す気か」
至極当然な質問だ。答える義務もない。
俺は指輪を外しライターを取り出した。
「待て。頼む。それだけは勘弁してくれ」
いうことを聞かない子には体で覚えてもらうしかない。この男もこの『命を吹き込む押印の儀』は相当いやなのだ。
「じゃあ飛べよ。たかが六階だ。あの子と一緒だろ?」
指輪を近づけると、男はすり足でエレベーターに向かう。勢いよく突き飛ばせば落とせるがそんな事はしない。
男はしゃがみ込み下を覗き込んだ。きっと下にある赤黒いシミが見えるだろう。男は尻込んだまま後退りをした。
「頼む。勘弁してくれ。俺には無理だ。頼む。もう解放してくれ」
返事をする気にもなれない。代わりに赤々とした指輪を首筋に押し当てた。肉の焼ける臭いと共に断末魔の叫び声が響き渡る。
このマンションが住宅街にあったら即110番をされている。あいにく近くに住宅も人影すら見当たらない。
「あの子だって同じ気持ちだったんじゃないか?落ちたくない、助けてって思ってたんじゃないか?それなのにお前は」
気がつけば男は気を失っていた。押印の儀に耐え切れなかったようだ。
情けない。
腹に一発蹴りを加えるとぐほっという声と同時に意識を取り戻した。
「お前はあの子に何をした?言ってみろ」
野々村は逡巡した。
首筋が痛むようで手をあてていた。
「聞こえないようならもう一回スタンプ押してやろうか」
「聞こえる。聞こえてます。言います、言います。俺は娘の真弓ことを殺しました」
「そんなこと知っている。どうやって殺したんだ」
野々村は必死で答えた。目の前に熱せられた指輪を近づけるだけでペラペラと答えた。脅迫めいた言葉と暴力で娘である真弓に飛び降りさせたのだ。
俺の拳で痛めつけられるのと飛び降りるのどっちがいい?俺はお前が死ぬまで殴り続ける。飛び降りるのならそれ一回でお前を許してやる。うまく着地できれば助かれるかもしれないぞ。
そうやって娘の自らの意思で飛び降りさせたのだ。
許せるわけもない。
俺は赤々と熱を帯びた指輪を男の顔に近づけた。男は必死で逃げる。それでも近づける。
次の瞬間、驚いた短い悲鳴がエレベータータワーの中に吸い込まれていった。そのすぐ後に甲高い金属音とともに、重たく鈍い音が跳ね返ってきた。
俺はもう一機のエレベーターに乗り込み一階に降りた。
到着するともう一方のエレベーターの扉をこじ開ける。そこには野々村とチェーンが入り乱れて一つの塊になっていた。
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