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卒業
彼は入学当時から噂されていた。
小学六年生の時点で175センチメートルに到達していた。横幅もあり、後ろ姿はすでに高校生と間違われていた。
実際に高校生と喧嘩をして打ちまかし、その名をこの地域に轟かせた。
よくある複雑な家庭の育ちで、親からの愛情が不足していて、周りから注目されたいがために非行に走った。
と言っても、主に喧嘩ばかりだった。
噂を耳にしていた上級生が入学した日に校舎の裏に呼び出したがボコボコにされた。虎太郎は一人、上級生は五人いたが全員病院送りとなった。学校の配慮で警察沙汰にはならなかったが、虎太郎の言い分は正当防衛だった。実際、彼が持っていたボイスレコーダーに記録されたものを聞くと正当防衛が成り立つ。喧嘩をふっかけた上級生たちの進路のためにという名目で、学校側はこの事実を伏せた。
もっとも、学校でそのようなことがあったと話が出回ってしまえば、風評被害とともに、そこで働いている先生達の周りからの目を危惧しての行動というのは言うまでもない。
一年二年と担任とのウマが合わなくてロクに授業にも出ていない。それでもテストの点数は平均点を落としたことがない。
三年のクラス替えの時に学校側から富美子に虎太郎を見てほしいと打診された時は正直いい気はしなかった。
面倒くさいことを若手の先生に押し付けるという体質は昔から変わらない。
三年生になってすぐ彼との面談を希望した。
彼は富美子のことを初めから「いずみん」と呼んだ。
その時色々話をしてくれて、タバコは体に悪いからと言って吸っておらず、可愛げのある子だと富美子は思った。
喧嘩は唯一の自分の誇れるところだと自信ありげに話をした。
「喧嘩なんて相手を傷つけて、自分の心を傷つけるのよ。何も生み出さないんだからやめなさい」
「いずみんがそう言うならやめるよ」
そう言ってそれからは喧嘩の数が大幅に減ったが、残念ながら全くなくなりはしなかった。彼曰く「正当防衛」だった。
手を出されたらしばらく黙っているが、しつこいようならばやむなく正当防衛のために手を出すと言う。
彼とはなんだかんだ話をした。
周りの先生たちからはどうしてあんなに話せるのか?と疑問を抱かれていたが、富美子からするとごく普通に接していただけだった。
そんな富美子に虎太郎は自然と接してくれた。
彼は地元の、入試で名前だけ書ければ入れると言う高校に進学が決まった。
「いずみんが言うように高校だけは出ておこうかと思ってね」
そんな彼が卒業式に出席してくれた時は嬉しくて、卒業を心から祝福した。
彼が卒業した後は、同僚の先生達からはようやく荷が降りたと安堵の声があがった。労いの言葉もかけられた。
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