最終話 花火の音は、もう止んだ。

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 今更ながらに大いに慌てて、掴んでいた浴衣の襟を離し。ついでに思い切り顔を逸らして身を捩り、「おやすみ!!」と叫んで、勢いでアパートの方に逃げ込もうとした朱華だったが。がしりと、その腕を掴まれて引き止められてしまった。  びくりと身を竦め、恐る恐る振り返ると。切なげに柳眉を寄せ、真っ直ぐにこちらを見詰める彼と目が合った。ほんのりと色付いた頬。僅かに開いた艶めく唇。昂ぶりを示すように濡れたヘーゼルの瞳に搦め取られ、身動きが出来なくなる。 「お、お、音にぃ?」 「本当に……いいの? 朱華ちゃん」 「い、いい、って?」  やばい。これは非常にやばい。初めて見る彼の雄の顔に、朱華の本能は危険信号を発していた。何とか話を逸らそうとするも、彼は至って真剣だ。 「――足りない」  次の刹那、朱華は彼の方に引き寄せられてしまった。気が付いたら、腕の中。すぐ傍に、砂音の顔がある。ヘーゼルの瞳の奥には、静かな情熱が宿っていた。 「あれっぽっちじゃ、足りないよ。俺が、これまでどれだけ我慢してきたか、知らないでしょ?」  プールの時の水着も。今日の浴衣も。いつもの私服だって。――君は、魅力的で。
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