3-1 鬼ぃさん、助けて

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3-1 鬼ぃさん、助けて

 オレンジ色の空を眺めていた。  ただぼんやりと、誰もいない教室の窓から、空を見ていた。  福庭くんは、とっくに家へ帰った。家といっても、叔父さんの家に下宿しているんだとか言っていたけれど、まぁ、それはどうでも良かった。  頭の中では、ずっと同じ言葉がぐるぐると回っている。 ――うちの両親が、本物かって? そんなの、本物に決まってるじゃん。  決まってるのに。なのに、なぜだろう。胸の奥が、ずんと重い。  ふと、指先に目を落とす。お母さんが切ってくれた、爪。のどが、きゅうっと詰まる心地がする。  わたしは人間。でも、鬼の力をなぜかもっている。それはおかしいと、神様と人間の間に生まれた福庭くんは言う。 (わたしのことも家族のことも、なにも知らないくせに……)  ほんと、福庭くんには昨日から引っ掻き回されっぱなしだ。神様の子だかなんだか知らないけれど、こんな爆弾残していくなんて、本当に腹が立つ。  どこからか、トランペットの音がする。吹奏楽部が練習をしているんだろう。ミサちゃんも、小学生の頃から吹奏楽を続けているから、きっとまだ校内にいるはずだ。 「……会いたいなぁ」  ミサちゃんに会いたい。ちゃんと話をしたい。このもやもやを全部聞いてもらいたい。それで「馬鹿ね」って言われたい。「そんなの考えすぎよ」って。  だってミサちゃんは、わたしの全部を知っている。家族のことも、理解してくれている。  そんなミサちゃんを――怒らせてしまったのは、わたしだ。なんであんなに怒ったのか、分からないけれど。  明日は、仲直りしよう。とにかく謝って、なんで怒ったのか教えてもらって。それで、話を聞いてもらおう。一緒に、お昼ごはんを食べよう。 「よし。帰ろっと」  荷物を持って、教室を出ようと廊下に一歩足を踏み出す。 「――あれ?」  我ながら間抜けな声だな――と思いつつ。ぐらりと、身体がバランスを失った。 「……ッ」  受け身も取れず、ビタンッと音を立てて床に倒れ込んだ。固い床に頭を打ちつけて、視界が揺れる。 (なに、これ)  声が、出ない。それだけじゃない――身体が、ぴくりとも動かせない。 (なんで……なんでなんでなんで)  立ち上がりたいのに、指先一つ動かない。呼吸もできなくて、どんどん苦しくなっていく。心臓だけが、自分の身体の中でバクバクとうるさい。 (なんで急に? なんなのこれ。わたし、死んじゃうの?)  病気かな。なんなのかな。これまで、風邪とかは引いても、大きな病気なんてしたことなかったのに。でも、そういうもんなのかな。兆候とか、特に感じなかったけど――あぁそうだ、110番? しないと……あ、違った119番だった。そうだ駄目だ、身体、動かないんだっけ。  だんだんと、視界が暗くなっていく。もしかして、わたし、気を失いかけてるのかな。それとも本当に、このまま――。 「たす……け、て」  そう、微かに声が出たような気がしたときには。もう、目の前が真っ暗で。そのままわたしは、なすすべもなく、意識を手放した。 ――すまない。  そう、どこか遠くで、泣きそうな声で誰かが言っているのを、聞きながら。
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