23人が本棚に入れています
本棚に追加
/44ページ
3-2 鬼ぃさん、夢です、か?
真っ暗闇の中で、誰かが泣いている。
(お母さん……)
そう呟いたのと、泣いているのがお母さんだと理解したのは、ほとんど同時だった。
そう、それは確かにお母さんだった。いつもほのぼのと微笑んでいて、泣いたとこどころか、怒っているところだってほとんど見たことない、お母さんだけれど。
分かった途端、浮かび上がるようにお母さんの姿が見えた。はらはらと涙を流しながら、一人正座をして、でも眉はキッと上がっていて、目を見開いている。
(お母さん、どうしたの)
そう、声をかけたかったけれど、音にはならなかった。そして気がつく――お母さんの顔は、今朝見たよりも若々しい。
これは夢なんだ。
ぼんやりと、そう確信する。これは夢。お母さんが若い頃を、夢に見ているだけ。
「泣いているのか」
別の声が聞こえた。これも、すぐに分かる――家守だ。そう思った途端、お母さんの前に立つ家守が現れた。今と全く変わらない姿で。
「いいえ」
きっぱりと、お母さんが言う。
「泣いているんじゃありません。怒ってるんです」
なぜ、とは。家守は聞かなかった。ちょっと困ったように、「そうか」と頷いて、その場に腰を下ろす。
「己に怒っているのか?」
「いいえ」
またはっきりと、お母さんは言った。
「あなたじゃ、ありません。自分に……怒りが、収まらない」
その傍らに。ふと、赤ちゃんが現れる。生まれて間もない、小さな赤ちゃん。しわくちゃな顔で、目を閉じながらすやすやと眠っている。
お母さんはその、まだ薄い髪をなでながら、「この子の」と呟いた。
「――花の未来を、曇らせてしまったかもしれない。私が」
「唆したのは、己だ」
「選んだのは、私です」
そう呟くお母さんの唇が、小さく震える。それを見た家守が、小さく息を吐いた。
「……虎太朗は、なんて」
「あの人は……怒っています。あなたに。私に怒ってくれれば良いのに」
「虎太朗は、幸子さんに心底惚れてるからな」
そう言うと、家守は赤ちゃんをそっと抱いた。お母さんの目が、ほんの少し険しくなるけれど、そんなこと構いもせずに。
「大丈夫だ。このチビは、不幸になんてならんさ。不幸になんて、するものか。己の家族だからな」
口元を緩めて、赤ちゃんの鼻を指先でつつきながら。幸せそうに、そう続ける。
「藤次朗も虎太朗も、幸子さんも紅太も――花も。家族はみんな、俺が幸せにする」
だんだんと、身体が水に沈み行くように。家守の声はくぐもって遠くなり、二人の姿もぼやけていく。
「そのために、己はいるんだ」
――これは夢。ただの夢。
現実なんかじゃない。起きて、目を開いた途端に記憶からこぼれてしまうような、そんな泡沫みたいな、ただの幻。
それなのに、わたしの心はちぎれてしまいそう。
わたしは、お母さんとお父さんの子どもじゃないの?
わたしは、いったいなんなの?
わたしは――生まれない方が良かったの?
これは夢。ただの夢だけれど――苦しくて、息ができない。
最初のコメントを投稿しよう!