3-2 鬼ぃさん、夢です、か?

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3-2 鬼ぃさん、夢です、か?

 真っ暗闇の中で、誰かが泣いている。 (お母さん……)  そう呟いたのと、泣いているのがお母さんだと理解したのは、ほとんど同時だった。  そう、それは確かにお母さんだった。いつもほのぼのと微笑んでいて、泣いたとこどころか、怒っているところだってほとんど見たことない、お母さんだけれど。 分かった途端、浮かび上がるようにお母さんの姿が見えた。はらはらと涙を流しながら、一人正座をして、でも眉はキッと上がっていて、目を見開いている。 (お母さん、どうしたの)  そう、声をかけたかったけれど、音にはならなかった。そして気がつく――お母さんの顔は、今朝見たよりも若々しい。  これは夢なんだ。  ぼんやりと、そう確信する。これは夢。お母さんが若い頃を、夢に見ているだけ。 「泣いているのか」  別の声が聞こえた。これも、すぐに分かる――家守だ。そう思った途端、お母さんの前に立つ家守が現れた。今と全く変わらない姿で。 「いいえ」  きっぱりと、お母さんが言う。 「泣いているんじゃありません。怒ってるんです」  なぜ、とは。家守は聞かなかった。ちょっと困ったように、「そうか」と頷いて、その場に腰を下ろす。 「己に怒っているのか?」 「いいえ」  またはっきりと、お母さんは言った。 「あなたじゃ、ありません。自分に……怒りが、収まらない」  その傍らに。ふと、赤ちゃんが現れる。生まれて間もない、小さな赤ちゃん。しわくちゃな顔で、目を閉じながらすやすやと眠っている。  お母さんはその、まだ薄い髪をなでながら、「この子の」と呟いた。 「――花の未来を、曇らせてしまったかもしれない。私が」 「(そそのか)したのは、己だ」 「選んだのは、私です」  そう呟くお母さんの唇が、小さく震える。それを見た家守が、小さく息を吐いた。 「……虎太朗は、なんて」 「あの人は……怒っています。あなたに。私に怒ってくれれば良いのに」 「虎太朗は、幸子さんに心底惚れてるからな」  そう言うと、家守は赤ちゃんをそっと抱いた。お母さんの目が、ほんの少し険しくなるけれど、そんなこと構いもせずに。 「大丈夫だ。このチビは、不幸になんてならんさ。不幸になんて、するものか。己の家族だからな」  口元を緩めて、赤ちゃんの鼻を指先でつつきながら。幸せそうに、そう続ける。 「藤次朗(とうじろう)も虎太朗も、幸子さんも紅太(こうた)も――花も。家族はみんな、俺が幸せにする」  だんだんと、身体が水に沈み行くように。家守の声はくぐもって遠くなり、二人の姿もぼやけていく。 「そのために、己はいるんだ」  ――これは夢。ただの夢。  現実なんかじゃない。起きて、目を開いた途端に記憶からこぼれてしまうような、そんな泡沫みたいな、ただの幻。  それなのに、わたしの心はちぎれてしまいそう。  わたしは、お母さんとお父さんの子どもじゃないの?  わたしは、いったいなんなの?  わたしは――生まれない方が良かったの?  これは夢。ただの夢だけれど――苦しくて、息ができない。
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