3-3 鬼ぃさん、そんなにお父さんに似ていますか?

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3-3 鬼ぃさん、そんなにお父さんに似ていますか?

()にアてられたな」  わたしが目を覚ますなり、顔を覗き込んでいた家守が言った。 「気……?」  目覚めたばかりで働かない頭のまま、ぼんやりとおうむ返しをするわたしに、家守が少し怒った顔で「あぁ」と頷いた。 「おまえ、また例のやつに近づいただろう。近寄るなと、あれほど言ったのに」  例のやつというのは、たぶん福庭くんのことだろう。 「クラスメイトだから、そういうわけにはいかないんだって」  自分ではそう言ったつもりだったけど、若干呂律が怪しかった。それでも、家守には通じたらしくて「だったら学校休め」だなんて言ってくる。 「なに言ってんの、急に。無理だよ。もう、体育祭の練習だって始まるのに」 「体育祭ってなんだ。そんなもん知らん」 「散々人間社会に溶け込んでるくせに、知らないふりとか」 「知らんもんは知らん。おまえも紅太も、俺を呼んでくれたのは小学校の運動会までだしな」  わけのわからない拗ね方をするおっさんなんて、話にならない。むかむかしながら、布団をかぶり直そうとし――はたと、気がつく。  ここ、わたしの部屋だ。 「あれ。わたし、死んだんじゃ……」 「死んではいないが、死にかけてはいたな」  軽い口調で、家守が補足してくる。 「方丈の家の子に連絡をもらわなかったら、危なかったぞ」 「ミサちゃん、に?」  そうよぉ、と言いながら部屋の扉を開けたのは、お母さんだった。 「ようやく起きた。もう、みんな心配してたんだから。お父さんなんて、お堂にこもって半狂乱でずっと念仏唱えてるのよ。教えてこなくちゃね。あ、なにか食べられそう?」 「あ、や。それより、ミサちゃんって」 「そうそう、美咲季ちゃんがね、花が廊下で倒れてるって電話くれて。救急車を今から呼ぶって話をしてたら、家守さんが迎えに行くってことになって」  お母さんの視線を受けて、家守は「あぁ」と頷いた。 「車より、己の足の方が速いしな。それに多分、病ではないだろうと思った」 「……? なんで」  起き上がろうとすると、家守の手が無遠慮に、わたしの頭に触れた。ズキンッ、という痛みが急激に走る。 「いたたっ!」 「倒れたときに頭を打ったろう。コブができている。無理に動かん方が良いぞ」 そう、部屋を出ていく家守の背中をにらみつけながら、わたしはむぅとまた寝転んだ。そっと触ると、確かに大きなコブになっている。 「頭打ってるんだし、倒れたばかりなんだから。明日は学校休みなさいね」 お母さんにまでそんなことを言われ、しぶしぶ頷く。「気持ち悪くなったらすぐ言うのよ」とまで、念を押されてしまった。 「お母さん、わたしのスマホは?」 「今日くらいがまんして、もう寝なさい。美咲季ちゃん家には、お母さんからお礼の電話しておくから。お風呂も、今日はやめておきましょうね。着替えは後で手伝ってあげるから、一人で立ち上がっちゃだめよ。あ、なにか食べられそう?」 そう、頭の部分を避けるように撫でられて。その優しい感触に、文句を言うこともできず。 それが、ふと。一瞬、お母さんの顔が苦しげに歪んだような気がして。それが、夢の中の若いお母さんの表情と重なった。 びくっと身体を揺らすと、「どうしたの?」と心配そうに訊ねられる。 「……なんでもない。えっと、唐揚げ食べたいな。衣がサクサクッとするやつ」 「唐揚げはすぐにはできないから、明日ね。今、夕飯の残りを持ってきてあげるから、待ってなさいね」 また優しく笑うと、お母さんも部屋から出ていった。 しん、と静まり返った部屋で、ぼんやりと天井を眺める。よく耳をすましていると、下の階から小さな生活音が聞こえてきて、ちょっと身体の力が抜ける。 (夕ごはんの残り、ってことは、もうけっこう遅い時間なのかな……) そんなことを思っていると。 ダダダダダッと激しい足音がして、部屋の扉が勢いよく開いた。 「花、起きたか! 大丈夫かっ?」 「お父さん……」 階段を駆け上がってきたらしいお父さんはパジャマ姿で、手にはお盆を持っている。「副住職さんは、優しくて真面目だけど、顔は怖いのよねぇ」と、よく檀家さんに言われているつり目を、今はめいっぱい下げて、心配そうにこちらを見てきた。 「かわいそうだったなぁ、急に倒れて、コブまでできて。お腹空いただろ、一緒に食べよう」 お父さんが持ってきたお盆には、焼き鮭となめこの味噌汁、ごはんにほうれん草のお浸しと、お茶、それからプリンが載っていた。それも、プリン以外は二人分。 お父さん夕ごはん食べてないの? と言いかけて、そう言えばずっと読経してるとお母さんが言ってたのを思い出した。 「……いただきます」 ゆっくり身体を起こして、箸を持つ。特に目も回らないし、大丈夫そうだ。 「……お父さんとお母さんって、どうやって出会ったんだっけ?」 鮭をほぐしながら訊くと、お父さんが思いきりむせた。 「なんだっ、急、に。そんな」 「どうして結婚したのかなーって、ちょっと思って」 お父さんは、しばらく口をもごもごさせていたけれど、わたしが視線をそらさないものだから、お茶をごくりと飲んでからもう一度咳払いした。 「お見合いだよ、お見合い。うちは、まぁワケあり物件みたいなもんだからな。なかなか、結婚相手がな……見つからなかったと言うか」 「え。じゃあわたしもヤバいかな?」 「……おまえはまだ、そんなこと気にするには早いだろ」 ちょっと尖った口調でそんなことを言うお父さんに、思わずくすっとしてしまう。 「分かんないよー。子どもの成長は早い早いって、いつもお父さん言ってるじゃん」 「やめてくれそんなこと言われると泣いちゃうだろ」 「泣いちゃうの」 「今まで隠してたけどな、お父さんはオッサンなんだよ。オッサンは涙もろいんだよ」 「なにも隠せてないよ」 喋りながら、ついついクスクス笑ってしまう。そう言えば、お父さんとこんなふうに二人でお喋りするなんて、すごく久しぶりだ。 「じゃあ……別に、お母さんが好きだから結婚したわけじゃないんだ?」 上目遣いに訊ねると、お父さんは慌てたようにぶんぶんと勢いよく、首を左右に振った。 「いやいやいや! お母さんには一目惚れだったからな。お見合い場所で会った途端、結婚しようと心に決めたもんだ」 娘に対してなに惚気てるんだと笑ってしまいそうになったけれど。お父さんの顔は真面目そのものだった。 「……それで本当に結婚したんだから、お父さんってなんて言うか……猪突猛進って言うか」 「まぁ……確かに後から、おまえ猪みたいだったぞとは、家守に言われたな」 ふん、とそっぽを向くお父さんの言葉に、思わず顔がひきつりかける。 別に、特別不思議なことでもないのに、二人のなりそめに家守が絡んでいるというだけで、なぜだかさっきの夢がちらついてしまう。 夢だ。あれは、ただの夢。 余計なことを自分が言い出さないよう、お喋りはやめて食事に集中することにする。黙々と食べていると、お父さんの視線を感じた。 「……なに?」 「よく食べるなぁ。食欲があるのはな、良いことだ。少し安心したよ」 「……そう」 「でも、無理はするなよ。家守も、まだ体調は安定してないだろうって言ってたぞ。おまえは俺に似ているから、心配だってな」 「似てる……?」 思ってもいなかった言葉に、思わず訊き返すけれど、お父さんはなんだかにやけが抑えきれないような顔になっている。 「思い込んだら突っ走るところだとよ。あとは、そうだな--目つきとか」 「……」 お父さんは。 わたしが、お父さんの子どもだって疑ってないんだろうか。 本当にわたしが、お父さんに似てるっていうのなら……わたしの「お父さん」は、やっぱりお父さんってことで、信じて良いんだろうか。 「……目は、お母さんに似たかったな」 「悪かったなぁ目つき悪くて……」 すぐ拗ねた顔に変わるお父さんに笑いながら、わたしはまた一口、ごはんを口へと運んだ。 忘れよう。所詮は夢だ。 きっとこうして笑っているうちに、とけて失くなってしまうような。 きっと、ただの夢だ。
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