5-1 鬼ぃさん、もやもやします

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5-1 鬼ぃさん、もやもやします

学校なんて休んでろ! と家守に言われたけれど。そう言われれば言われるほど、なんとなく「そういうわけにもいかない」という気持ちが大きくなるもので、結局無理やり登校してしまった。 「えーっ、わたしリレーなのっ!?」 体育祭の出場競技の割り当て表を見て、思わず大声をあげてしまう。 「なかなか決まらなくて、くじで決めたんよー。ご愁傷さま、花たん」 手を合わせながら深々とお辞儀するマチコにやめぃとチョップをし、ため息をつく。 リレーなんて、一番嫌な競技だ。個人走よりも、自分の結果が思い切りチームの勝敗と結びつきやすいし、心が重い。 (まぁでも、本気で走るわけにもいかないし……) 「山月さん、リレー頑張れー。俺、借り物競争に出よるけぇ、応援頼むわ」 ひょいっと口をはさんできたのは福庭くんだった。近づかれたことによる悪寒よりも、発言内容にイラッと身体が反応する。 「借り物競争……わたしが出たかったやつ……」 「え? そうなん? 悪いなぁ。俺、昔からくじ運ぶち強いから」 なんとなく、くじを引く度に大吉を当てる福庭くんの姿が頭に浮かんで、チッと舌打ちをした。どうせわたしは、大吉引きやすいって言われる元旦でさえ、末吉ばかりな女ですよ。 「分かったから寄らないで。気持ち悪くなるから」 しっしと追い払う仕草をすると、「冷たいのぅ」と口を尖らせながら福庭くんは離れていき、あっさりと他のクラスメイトたちの輪に入っていく。 「--ねぇ、花たん。今のはちょっと、冷たいんじゃない?」 唐突にそんなことを言ってきたのは、すぐ隣にいたマチコだった。「え?」と顔を上げると、眉を寄せ、口をへの字にしてこちらを強い目でじっと見ていた。 「えっと……なにが?」 「なにって、福庭への態度。アイツ、花たんの体調とかもすごく気にしてたし、良いヤツなんだって。なのに、あんな『気持ち悪くなる』とか……ちょっと、福庭に失礼過ぎない?」 マチコは本当に怒っているみたいで。だからこそ、わたしはぽかんとその顔を見つめてしまった。だって、わたしが中学の三年間かけて知ったマチコからは、あまりにかけ離れた言葉と態度だったから。 「あー、そうだよね? 確かに、気持ち悪くなる、は良くないよね。ただその、理由が一応あって。ほんとに」 「理由があったって、クラスに来たてで、早く馴染もうと頑張ってる福庭に言うべきじゃないっしょ。花たんのことだって、福庭に誤解されちゃうし」 「え? えっと」 マチコの言うことは、なにも間違ってないのだけれど。つい数日前まで、リア充怖いとか言ってたのと同一人物とは思えない。 この違和感は、確か一昨日も感じた。 福庭くんは確か、心がなんとなく分かるみたいなことを言っていたけれど、その力を利用してクラスのみんなと早く仲良くなったのかな。それにしても、ここまで変わるものなの? 「あのね、聞いてマチコ。上手く説明できるかは、分からないけれど」 「アタシに言い訳とかしなくて良いし。それより、福庭に謝ってきなよ」 「いや、だからさ」 だんだんと、こちらもイライラしてきてしまった。 いくら、福庭くんと仲良くなるよう仕向けられてたとしても、ちょっと行き過ぎじゃない? 「--悪いけど、こっちにも事情があるの。福庭くんもそのことは分かってるはずだし、余計な心配はしてくれなくて大丈夫だから」 「なに、ソレ」 苛立ちが口調にもつい出てしまって。マチコの表情がさっと変わるものの、こっちだって譲る気はない。その機会を潰したのは、マチコ自身だ。 「大事な事情があるの。でもね、勝手に他人の家に、親しくもないクラスメイトを送り込もうとしたり、話を聞こうともしなかったりする相手に、そんな大事な話を軽々とするわけにもいかないでしょ」 「っそれは、福庭が」 「すぐ福庭福庭福庭フクバフクバフクバフクバ……って。マチコもしかして、福庭くんのこと」 「--っ違う!」 これまでで、一番大きな声が、マチコから出て。みんな、マチコを見つめる。もちろんわたしも。 マチコは顔を赤くして、目が少しうるんでいる。唇をぎゅっと噛み締めて肩を震わせながら、身体の横で両手を強く握りしめていた。 (ちょっと言いすぎた? でも、わたしだって被害被ってるし) なんと言葉を続けたものか、考えあぐねていると、ふと、他の男子女子と喋っているはずの福庭くんが、つまらなさそうにこっちを見つめているのと目が合った。 --分かってるくせに。なにが起きているかも、みんなの心も、マチコの気持ちも。 「花、昨日の話なんだけど」 不意に話しかけてきたのは、遅れてこの場に来たミサちゃんで。それが、空気とこちらの想いをたたき切る。 「……どうかしたの?」 不穏な空気を感じたらしいミサちゃんが訊ねて来るけれど。答える前に、マチコは立ち上がって席を放れて行ってしまった。 「--なんでもない」 舌の上に苦味を転がしながら、わたしはその背中を見送った。
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