5-2 鬼ぃさん、遠い世界のようです。

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5-2 鬼ぃさん、遠い世界のようです。

端的に言って、リレーの練習は最悪だった。 くじ引きで決めたせいで、運動の得意な子と苦手な子が混在していて、走る速さどころかモチベーションもちぐはぐだ。 「だからさぁ、そうじゃなくて。走り始めからもう、遅れちゃってるんだってば」 特に速いのが、テニス部の中田さんで。最初はみんなを優しく励ましてくれていたのだけれど、段々とイライラがたまってきたのか、口調と表情が厳しくなってきた。 「ご、ごめんなさい……」 責められているのは、帰宅部の古賀さんだ。こっちはもう、身体が縮こまってしまっている。ふだんから大人しいタイプの古賀さんには、これは辛いだろう。 わたしは、中田さんとも古賀さんともこれまでそんなに親しくしてないけれど、同じチームでリレーやるんだし。放っておくのもばつが悪く、思いきって「あのさぁ」と間に割って入った。 「ほら、わたしも古賀さんと一緒で部活やってないから、アレなんだけど。ふだん身体を動かしてないと、なかなか、思った通りに動こうとしてもできないし。ある程度、仕方ないんじゃないかな、なんて」 「--山月さんもだよ」 「え?」 中田さんの大きい目が、鋭くこちらを射る。思わずビクッとして、わたしは一歩引いた。 「昨日まで休んでたし、まだ体調が完全に戻ってはないんだろうけど、手を抜きすぎ。先から、全然真剣に練習してないじゃん」 思ってもいなかったことを突然言われて、更にもう一歩後ずさってしまう。「え」とか「いや」とか、あまり意味のない言葉が口からこぼれる。 「そんなことは、ないつもりだけど」 「顔見てれば分かるよ。全然、速く走ろうって一生懸命な顔、してないもん先から。手を抜いてるんでしょ」 「そんな」 「確かに、くじで決まったことだし、やる気でないのも分かるけど。でも、それはみんな一緒だし、クラスに関わることなんだから、もっと真剣にやってよ。遅いとか、それ以前の問題だから」 中田さんは、それこそ真剣な顔で、そう訴えてきて。困ったわたしが周りを見回すと、他のメンバーも古賀さんも、そっと目をそらした。 「……えっと」 確かに。 それこそ本気で走るわけにはいかないから、速さを調整しながら練習にも取り組んでいたけれど。 だから、一生懸命に見えないって言われても、それはなんか、ごめんなさい、なんだけど。 --でも、ほんとに「みんな一緒」? みんな、友達をうっかり怪我させないように毎日を過ごしてるの? みんな、自分が一体なんなのか疑いながら毎日生きてるの? みんな、化け物な自分を、自分自身にも他人にも見せないよう気をつけながら、学校生活を送ってるの? (わたしの、なにを分かったつもりでいるの?) わたしだって、ほんとは思いきり走りたいよ。心から一生懸命、初めての高校行事に取り組みたいよ。 でも、そんなことしたら、わたしまで鬼だと勘違いされちゃうし、馬鹿にされるかも分からないし、怖がられてしまうかもしれない。 それに、そもそも鬼の力なんて、こういう競技ではチート(ズル)みたいなもんだし。ほんと、ふだんは役にも立たないのに、それどころかろくなことがない、こんな力。 「--山月さん、聞いてる?」 中田さんの声にハッとして顔を上げると、訝しげな中田さんの表情が目の前にあった、 「あ--っはは……ごめん。ちょっと、目が回っちゃって」 笑ってそう言うと、中田さんが「はぁ」と大きくため息をついた。「花ちゃん、まだ具合悪いんじゃない?」と他のメンバーの一人が言ってくれる。 「--それなら、無理して怪我しても大変だから、座って見てるなりして」 「うん、そうする。ごめんね」 両手を合わせて頭を下げて、笑顔を作りながらわたしは隅っこに下がって座った。中田さんは、もうこっちを見てもいなかったけれど。 「じゃあ、もう一回練習しよ!」 中田さんの合図で、みんながそれぞれの位置へと移動する。古賀さんも、汗を拭いながらぱたぱたと位置に向かって走っている。 「……なんだかなぁ」 必死に腕を振りながら走ったり、声をかけあいながらバトンを受け渡したりしているクラスメイトたちが。なんだかすごく、遠くにいるように見えた。
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