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5-3 鬼ぃさん、大嫌いです
「花、本当に一人で大丈夫なの?」
放課後。荷物を持ったわたしにそう声をかけてきたのは、ミサちゃんだった。
「昨日また倒れたばかりだし、例の……話も結局できてないから、私も一緒に帰りたいんだけど……」
ミサちゃんの目が、廊下の方へ向く。
廊下側の窓の向こうには、反対の校舎があって。そっちには、吹奏楽部の部室と音楽室もある。
「平気だよ。昨日も休んで、うちに来てくれたんでしょ? 無理なんてしなくて大丈夫」
「……ごめん」
吹奏楽部の練習が厳しいのは、よく聞いている。一年生のミサちゃんが休むのは、きっと気持ち的にも大変なんだろう。珍しく眉をハの字にして、小さく謝ってきた。
「良いから! ちゃんと、気をつけて帰るし」
「……家に着いたら、メッセージ送ってね。そうすれば、ちゃんと帰れたのか分かるから」
「ミサちゃん心配し過ぎだよ……お母さん、って感じ……」
そう言うと、茶化されたと思ったのかミサちゃんの眉が今度は逆ハの字になってしまった。ちゃんと連絡するという誓約をし、駆け足で教室を出ていくミサちゃんを見送る。
ちらっとマチコの席を見ると、もう空だった。結局、今日はアレから話ができずに終わってしまった。
(この前はミサちゃんで、今日はマチコかぁ)
喧嘩は苦手だ。喧嘩なんて、相手に怒りをぶつけてどっちが多く傷つけることができるか、競ってるだけのように感じるから。実際、それで大切な友人を傷つけたことがあるのだから--ずっと、争いごとは避けてきた、つもりだった。
それがここ数日、どうにも上手くいかない。
「山月さん」
悩みの元凶から声をかけられてしまい、思わず足が止まる。振り返りたくないけれど、クラスメイトという立場上無視する分けにもいかない。
「……なに? 福庭くん」
我ながら棒読みな喋り方だったけれど、福庭くんは気にした様子もなく、一緒にいたクラスメイトたち(当たり前のように男女混合だ)に手を振って、こちらへ走ってきた。
「一緒にいのう!」
「い、いのう?」
なにを言われたのか分からなくて首を傾げていると、なぜか反対に首を傾げ返してきた。
「いぬるって言わん? 帰ろってことじゃ」
「……帰りません、けど」
どうして、昨日の今日で--更に言えば一昨日や二日前のことだってあったのに、そういう台詞が出てくるのか。
「じゃが、また倒れたら危なかろう?」
「福庭くんといなければ大丈夫です」
「なんでじゃ。俺は別に襲ったりせんよ?」
「そうじゃなくて、一緒にいたらまた具合が悪くなるからですっ」
こうしている間だって、前ほどではないにしろ、怖いし震えてるのに。
「さっきの人達と帰れば良いじゃないですか! せっかく、友達ができたんですし。そりゃ、言えないことがあるっていうのは分かりますけど、別にそんなの誰だってそうですし」
カチッとスイッチが入ったみたいに、イライラが沸き出てくる。
--そうだよ。この前はあんな風に、弱い部分を話されて、なんか懐く素振りをされたけれど。そんなことは、大なり小なり誰だって抱えていることで、わたしに寄りかかられ過ぎても困る。困ってる。
「福庭くんは、いろんな人に好かれてるんだし。そういう人達ともっと時間を取れば良いじゃん。福庭くんのこと、特別に想ってる子だって……いるんだし」
わたしの頭にあったのは、マチコだった。福庭くんたって、それは分かってるはず。でなければ、あの時あんなふうに、こっちを見てなかっただろう。
案の定、福庭くんはすぐ思い当たったように「あぁ」と頷いた。
けど。
「別に。あんなん、大したことじゃないんじゃ」
あまりにも。軽く笑顔で、あっさりそう言うものだから。
「え……。……え?」
大したことじゃない?
マチコの--わたしの大事な友達の気持ちが、自分に向けられてる好意が、大したことじゃない?
気がつけば。
パンッ、と。乾いた音が響いた。
わたしの右手が、福庭くんの左頬を思いきり打っていた。
「あ、あんたはっ! 他人の心は読めるのかもしれないけれど、他人の気持ちはちっとも分かってないじゃんっ」
叫んでから、ハッとして。でも、福庭くんはポカンとした顔でこちらを見返しているだけだった。
「……っ」
走り出す。福庭くんがいるのとは、正反対に。
--大嫌いだ、あんな人。
勝手に他人の心を読んで、利用して動いて、好かれても「大したことじゃない」と断じて。
わたしにつきまとってるのだって、好奇心を満たしたいだけなんだろう。
「大嫌い、あんなやつ……大嫌いっ」
倒れるのも、家族にもやもやを抱えてしまっているのも、マチコと喧嘩したのも、ついでにリレーが上手くいかないのも--こんなにイライラしてるのも、ぜんぶぜんぶ、福庭くんのせいだ。
(ほんと、あんなやつ。いっそ、めちゃくちゃにブン殴--)
「っ!?」
ガシッと。腕をつかまれ、ハッとする。
むしゃくしゃするままに歩き続け、校舎を出たは良いけれど、そのまま車道に突っ込もうとしていた。自転車すら、忘れて。
鼻の先を、乗用車が走り去っていく。
「……ぁ……」
「落ち着け」
ツンと冷たい声が、降ってきて。隣を見ると、帽子まで被り人間ぽい格好をした家守が、じっとこちらを見つめていた。
いつの間にか、尖った爪の生えかけたわたしの腕を、握りしめながら。
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