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5-4 鬼ぃさん、家族なんかじゃない
乱れかけた髪を直して、自転車に股がってこぎだす。お腹には腕が回されていて、後ろから「おい、揺れてるぞ!」と声が聞こえてくる。
「二人乗りなんて、普段しないもんしょうがないでしょ! てゆーか、なんで家守が後ろなわけ? 普通、逆じゃない?」
「仕方ないだろうが。俺は自転車なんて、ほとんど乗ったことないからな」
それは、そうなのだろうけれど。まったくなんのために迎えに来たんだかと思いつつ、ふらふらとこぎ進む自転車は、危なっかしくて仕方ない。
「あー、やっぱ降りて。怖いし無理。人にぶつかったら危ないし」
「それはそうだな」
声が聞こえるなり、ペダルをこぐ足が軽くなった。あれ、と思う間もなく、自転車が--宙を浮いていた。
「うえっ!?」
「やっぱり、こっちの方が速い。さっさと帰るぞ」
言いながら、自転車ごとわたしを担いで、家守はふわっと跳び上がった。そのまま、道沿いの家の屋根に着地して、ピョンピョン跳ぶように走り出す。
「うわ……っ」
不思議と安定感はあるけれど、やっぱり怖くて自転車のハンドルをギュッとつかむ。ぐんぐんと景色は動いて、学校が遠退いていく。
「まったく。勝手に学校なんて行きおって」
「だって……高校生だし」
「元気なときはズル休みしたいってぼやいてたろうが。それが、行くなと言われた途端無茶するんだからな。反抗期か」
ぶつぶつそう言われると、返す言葉もない。無理して押しきって、結局こうして世話になってるんだから。情けないやら、かっこわるいやら。
「……ねぇ、家守。鬼の力を強くするのって……どうすれば良いの?」
「なんだ。誰か殺したいのか」
あっさりとそう訊き返され、「はぁ?」とすっ頓狂な声が出てしまった。家守の方に身をのり出して、「違うし!」と怒鳴る。
「わたしはっ、その。こうやって迷惑かけるのも、ミサちゃんに心配かけるのも……福庭くんに負けるのも、嫌だから」
「それで、鬼の力で邪魔なあの男を殺すか」
「だから、そういう物騒な話じゃなくて」
「だが。さっき校門から出てきたおまえは、そんな顔をしていたぞ」
なんてことないように言われ。「え?」と固まる。
「わたし……が?」
「あぁ。実際、また変化しかけていたしな」
ぞわっとして、「違う!」と大声でもう一度怒鳴り返す。
「そうじゃなくて……逆! こうやって、いちいち反応しちゃうのが嫌で。ミサちゃんにも心配かけてるし、家守にも……こうやって、面倒みてもらわなきゃならないとか、やだから。だから、そのために」
「だが、鬼の力とはそういうものだ」
家守の表情は変わらない。足を止めずにただ淡々と、言葉を続ける。
「鬼とは暴威であり、恐れの具現だ。特に、人間が鬼と化したものは、怒り、憎しみ、そして悲しみが凝固し、呪いと成り果てた先に存在する」
「家守……?」
ようやく、ちらりと家守がこちらを見た。見た気がしてすぐに、視線をそらされてしまったけれど。
「そんなものを強くして、なんになる。自分を失うだけだぞ」
「いや、そんな壮大な話じゃなくてさ。ほんと、家守みたいに、福庭くんが近づいてきても平気になりたいだけだから。そりゃ、一発くらいぶん殴ってはやりたいと思うけど」
言いながら、そういやひっぱたきはしたんだっけと思い出す。
けれど、家守はそんなのはどうでも良かったみたいで。むしろ呆れたみたいに、ため息までついた。
「なんでも、おまえが望むように進むと過信するな」
「な……っ」
カチンときた途端、握りしめていたハンドルがバキリと音を立てて折れた。それを、家守へと投げつける。思いきりやったはずのそれは、あっさりとキャッチされてしまった。
「そら見ろ。あっさり怒りに支配されて」
「違うっ」
この短時間で、何度この単語を叫んだだろう。どうして分かってくれない。どうして分かろうとしてくれないの。
「ほんとのわたしは、こんなんじゃないっ! わたしは……ッ」
言ってる端から、爪が更に伸び、髪がざわつく。わたしの足はペダルを蹴って、家守の前に着地した。
「わたしは、人間なのに……っ、ただの人間のはずなのにッ! そんな怖い力、欲しくもなんともなかった! なのに、どうしてよっ、どうして!」
涙は流れなかった。出た瞬間、じゅわっと蒸発してしまうくらい、身体が熱くなっている。
「……すまない」
いつだったかと、同じ台詞を家守が吐く。表情もなく、感情もなく。ギリッと奥歯を噛み締めて、わたしは屋根を蹴った。
「……家族なんかじゃない」
後ろに跳んだわたしは、家守の顔をにらみつけて叫んだ。
「あんたみたいな化け物と、わたしは違うっ! あんたがお父さんだなんて--わたしは認めないッ」
身体が熱い。熱くて熱くて、自分自身を燃やしてしまいそうなほどに。
「家守なんて、家族じゃないッ」
叫んだと同時に、後頭部にガツンと衝撃を感じた。
「そうだな」
一瞬で回り込んでいた家守の声が、すぐそばから降ってくる。暗転する視界のせいで、その顔は見えなかったけれど。
ここ数日で、何度気を失えば良いんだろうだなんて、そんなことを変に冷静な部分で考えながら、意識を手放す直前まで、家守の声を聞いていた。
変わらず、淡々とした声で。
「--それでも己は、おまえらを守るよ」
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