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6-3 鬼ぃさん、どうしてですか?
暗いけれど、よく知ってるわたしの部屋。
(家守が、ここまで運んできたんだ……)
頭がズキズキと痛いのは、家守に叩かれたせいなのか。
お母さんがしてくれたのか、制服からパジャマになっているし、爪もまた切られている。ため息をついて、よいしょとベッドから降りた。
(のど、渇いたな……)
できるだけ足音を立てずに台所へと向かう。聞こえてくるのは、小さな家鳴りの音くらいで、みんな寝静まっているのか--。
「あ……」
台所は小さな電気がついていて、人の気配があった。
(お母さん、かな)
そういえば、今は何時なんだろう。ぼんやりとそんなことを思いながら、そっと中を覗くと。
「--やぁ、おはよう」
「おじいちゃん……どうしたの、こんなところで」
いつも、夜は早く寝てしまうおじいちゃんが、一人で台所にいるなんて。意外で、思わず目をぱちぱちとさせてしまった。
おじいちゃんは湯呑みにお茶をついで、「まぁ座りなさい」とテーブルを指す。テーブルの上には、おにぎりが二つ並んでいた。
「家守がな、目を覚ますのに時間がかかるから、起きたらきっと腹が減ってるだろうって言っててな。じいちゃんが作っといた塩むすびだ」
「あ、でも。あんまりお腹は減ってないかも--」
そう言った途端。ぐぅぅっと、聞いたことないくらい大きな音が、お腹から聞こえてきた。
「……やっぱり、いただきます」
「あぁ、たくさんお食べ」
おじいちゃんが作ってくれたおにぎりは、げんこつよりふた回りくらい大きい。お母さんは、もっと小さいのを作るのに。
おそるおそるかじってみると、しょっぱさがお米の甘味を引き出していて、思わずもう一口と食べ進んでしまった。
「……おいひぃ」
「だろう? じいちゃん、塩むすびだけは上手いんだ」
湯呑みの一つをわたしの方に差し出しながら、おじいちゃんも自分の分を飲む。それにならって、わたしもお茶をこくりと飲んだ。温かさがじわりとお腹に広がって、ふっと身体から力が抜ける。
「家守がな。少しだけ、落ち込んでいたよ。花ちゃんに嫌われたってな」
おじいちゃんの口調はのんびりとしていて、顔は微笑んでさえいたけれど、わたしはそのまま固まってしまった。
「……家守が、おじいちゃんになにか話したの?」
「なにか、ってほどのことじゃないがね。花ちゃんを背負って帰ってきて、幸子さんに花ちゃんを渡した後は虎太朗に叱られて。それから、じいちゃんにぼそぼそっとな」
「お父さんが、家守を怒ったの……?」
「あぁ。花ちゃんを叩いたって聞いてな、乱暴な方法は止めろと酷く怒っていたなぁ。まったく、虎太朗は虎太朗ですぐ手が出るし、あの短気さは誰に似たものか」
そんなことを言っている間も、おじいちゃんは笑っていて。
「おじいちゃんは、怒らないよね……いつも笑ってる」
「そうかい?」
「うん、怒ってるとこ見たことないし。泣いてるとこも……あんまり」
実は、おばあちゃんが亡くなったときにだけ。うつむいて、じっとしているおじいちゃんの背中を見たことがあるけれど。そのときにどんな顔をしていたのかは、分からない。
「怒る、っていうのは、おじいちゃんにとっては疲れることだからね。怒ることが好きな人もいるけれど、そういう人は、他に楽しみ方を知らないのかもしれないねえ」
「怒るのが好きな人なんているの? みんな、嫌な気持ちになったときに怒ってるだけだと思うけど……」
いくらなんでも、ちょっと変なの。そう塩むすびを、また一口かじる。大きすぎると思ったおにぎりは、いつの間にか半分より小さくなっている。
「怒る、っていうのは、内に込めた力を発散することだからね、気持ちよさを感じる部分もあるのさ。だから、それが癖になってしまうと、自分から怒りを探しに行ってしまう人もいるもんだよ」
「へぇ……。あー、そう言われると、ちょっと分かるかも」
ネットニュースとか見ていると、よくちょっとしたことが炎上していたりするし。わたしも、嫌な気持ちになるって分かっていてついつい見ちゃう記事とかあるなぁ。
「じゃあ、おじいちゃんの楽しみって?」
「そうだなぁ。なにかの成長を見るのは、とても幸せだね。世話をしている庭木だったり、檀家さんの家の子が、久しぶりに会ったら大きくなっていたり」
「ふぅん」
「もちろん、家族の成長を見るのもね。幸せなことだよ」
おじいちゃんの優しい目が、わたしをじっと見つめる。こう見ると、おじいちゃんの目はお父さんの目にそっくりだ。順番的に、逆なのかもしれないけれど。
「この楽しみを初めておじいちゃんに教えてくれたのは、虎太朗だよ」
まるで、わたしの心を見透かしたみたいに、おじいちゃんがお父さんの名前を出す。
「虎太朗が生まれたとき。命というものはこんなにも繊細で、か弱く、そして逞しいものだったのかと。しみじみと心に刻まれたものだよ」
「へぇ……」
「家守は、泣いて喜んでいたな。家守は、家族が一人、一人と増える度に、いつも泣いている。おじいちゃんが生まれたときも泣いていたそうだし--花ちゃんが生まれたときも、泣いていたよ」
「家守、が?」
あぁ、と。おじいちゃんはにっこり微笑んだ。
「家族ができたと。守るべきものが増えたと、いつも喜ぶんだ。家守にとっては、それが全てだからね」
確かに。家守は小さい頃からわたしたちのことをよく面倒見てくれているし、過保護な感じがすることさえあるけれど。
おじいちゃんの今の言葉は、それ以上の意味があるような気がする。
そう言えば--わたし、今で疑問に思ったこともなかった。そういうものだと思い込んでいて、だから。
「ねぇ、おじいちゃん」
だから、知ろうともしなかった。どうして。
「どうして、家守はうちにいるの?」
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