6-4 鬼ぃさん、昔なにがあったんですか

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6-4 鬼ぃさん、昔なにがあったんですか

おじいちゃんは、わたしをじっと見つめると、ふと「そうさなぁ」と笑った。 「じいちゃんが生まれたときには、もう家守は山月の家にいた。じいちゃんの藤次郎って名前も、家守がつけたものだしな。だから、じいちゃんもひいじいちゃんから聞いた話でしかないが……」 おじいちゃんがお茶を一口含む。ぎしり、とどこからかまた家鳴りが聞こえてきた。 「家守は、かつて人間だった」 また。ぎしっと、家が鳴く。長い年月、わたしたち家族を育んできた家が。 「家守が……人間?」 「……ご先祖さんが、家守と出会ったのは、もう何百年も昔の、冬の日のことだったらしい。当時は名前もなく、ぼろぼろな鬼だった奴に名前を授けたのは、そのご先祖さんだったそうだ」 ご先祖さまが、家守に名前を……? しかも、元は人間だったなんて。わたしにとって、家守は生まれたときから家守だったし。話の違和感に、鼻がむずむずする。 「名前の通り、家守は何代にも渡って山月の家の人間たちを守ってきてくれた。それは、ご先祖さんと交わした約束でもあったらしい。どうしてそんな約束をしたのかまでは、しらんけどな。家守にとっては、大事な約束なんだろう」 「……なんで、家守は人間から鬼になったの?」 気を失う前、家守は言っていた。 『鬼とは暴威であり、恐れの具現だ』 『特に、人間が鬼と化したものは、怒り、憎しみ、そして悲しみが凝固し、呪いと成り果てた先に存在する』 人間が鬼と化したものは、って。確かに、家守は言っていた。あのときは聞き流していたけれど。まさか、家守自身がそうだったなんて。 「家守は……どうして……」 「--これも、ひいじいちゃんから聞いた話だけどな」 じいちゃんは、そう言うとまた一口お茶を飲んだ。わたしは一個目のおにぎりを全部口に放って、もう一つのおにぎりにかじりついた。 「ひいじいちゃんが子どもの頃--つまり、戦時中だな。この辺りは、空襲のせいで都会から疎開してきた人達も多かったらしい。その人達を見て、家守はこう言ったそうだ。『--己はかつて、身内の争いに嫌気がさして、海を渡ることを夢見た。そこに、自由があると思い描いていたから。実際には、こうして海を渡って争いの炎が降ってくる。どこに行こうと争いからは逃れられないのだとしたら--己は、逃げるのではなく、せめて手の届く大切な者を守ってやれば、悔いも残らなかったのかもしれん』と」 「……悔い」 「その言葉通り、家守は苦しい中でも、山月の家や近所、疎開してきた人達のためにも、よく働いたそうだ。文字通り人並み外れた力をもっているからな、それがとても役に立ったのだと。そうして身を粉にして動いていた姿を知っているからこそ、いまだにこの辺りの人達は、家守という存在を温かく受け止めている」 わたしは、知らなかった。知ろうとしたこともなかった。 家守が、どんな後悔を背負って、うちにいてくれているのかも。どんな想いで、家族として過ごしているのかも。 当たり前の存在だと思って。当たり前であることを感謝もせずに、八つ当たりまでして。 塩辛いおにぎりが、もっとしょっぱく感じる。それをぐっと、お米一粒さえ残さぬよう口の中に押し込んだ。 「……ごちそうさまでした」 「お粗末さま」 にこりと、おじいちゃんが笑う。なんだか全て見透かされているような気さえして、少し気恥ずかしい。 「お腹がいっぱいになったなら、歯を磨いてゆっくり身体を休めなさい。お腹が空くのも、身体が疲れているのも、心を陰らせるもと(・・)だ。まずは、自分を労りなさい」 「……ありがとう、おじいちゃん。おやすみなさい」 歯を磨いて、たくさん寝て。そしたら明日、家守に謝ろう。あれは、なんだか疲れてしまっていて、八つ当たりしただけなんだって。そう言おう。ごめんなさいって。それから、もう一度ちゃんと話をしよう。 そう、心から思っていた。 --ただ、身体の奥でもぞりと蠢き出したなにかには、気づかないふりをして。
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