7-2 鬼ぃさん、お邪魔虫です

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7-2 鬼ぃさん、お邪魔虫です

遅れて教室に入ってきたミサちゃんは、わたしとマチコが笑い合っているのを見るなり、小走りにこっちへと駆け寄ってきて--そのまま、タックルするようにわたしたちに抱きついてきた。 「ぐぎゃっ!」 マチコがおかしな悲鳴を上げるけれど、ミサちゃんの腕の力はますますぎゅっと強くなり、「ミサちゃん?」と呼んだところでようやくゆっくりと離れた。 「……おはよう」 そう言うミサちゃんの顔は。ちょっぴり泣き出しそうで、でも目元と口元は微笑んでいて。あぁ--きっとたくさん心配かけたんだな、とすごく申し訳なく、同時に嬉しさを覚える。 「ごめん、ミサちゃん。そう言えばわたし、昨日電話……」 「家守さんから、連絡ならもらったから大丈夫。なんか、学校での様子とかも訊きたかったらしくて」 「家守が……?」 家守からミサちゃんに電話をするっていうのも、珍しい。まあ、迎えに来てくれたらあんなことになったから、心配になったっていうのは分かる気がするけれど。 考え込むわたしの横で、マチコがきょろきょろとミサちゃんの姿を観察する。 「ねぇねぇミサぴょん、もうパン買って来ないの?」 「……私の推し、一昨日イムスタで炎上しちゃって……ここ数日あのパン買った写真上げないのよね」 「えーっ! 推しが買ってなくてもミサぴょんは買ってよそしてアタシにオマケだけちょうだいよーっ」 ウキーッと騒ぐマチコと、それを軽く受け流すミサちゃんの声を聞きながら。なんだか、ようやく日常が戻ってきたような気がして、わたしはホッと息をついた。 ※※※ 「--おかげでようやく、久しぶりに三人で美味しくお昼ごはんが食べられると思ったのに……ッ」 心からそう呻いたけれど、呪いの矛先を向けた相手は「いやぁ」と笑って一ミリも気にした様子はなかった。 「悪かったのう。急におしかけたりして」 そう、目の前でパクパクとパンを食べているのは、福庭くんだった。 何故か、わたしとミサちゃん、マチコで机をくっつけたグループの中に交ざり込み、当たり前の顔をして一緒に食事を摂っている。食事と言っても、デモ滅のパンだけれど。 「またいっぱい買ってきたねぇ。福庭の推し、誰だっけ」 そう、やたらと嬉しそうなのはマチコで。二人で積み上げたパンの山を、ちょっとずつ崩していく。 「俺は鼠子が好きじゃのう。あぁいうツンデレヒロインはツボじゃけぇ」 「うわぁ分かりやすいなぁ」 ケラケラとマチコは笑っているけれど、それがまた悔しいと言うか、腹立たしくて。目の前の山からパンを一つ乱暴に手に取り、袋を開けた。 「大丈夫? 花……」 「あんまり大丈夫くない」 やけくそ気味にパンにかじりつくと、蒸しパンにクリームが挟まっていてマッタリと甘く、更には表面をコーティングしたザラメの食感が主張してきて、なかなかに美味しい。 「花ちゃん(・・・・)よく食べるのう。さっきまで弁当も食べとったじゃろう?」 「うっさい。あんたがパン買いすぎたから一緒に食べようって、持ってきたんじゃん」 久々の、三人水入らずになるはずだったのに。しょうもない理由で邪魔をされて、ムカつかない理由なんてない。 「わざわざ、うちらの方に来なくたって、一緒に食べる相手なんていくらでもいるくせに……」 「まぁまぁ、マチコがこのパン好きなの知ってるからでしょう。気持ちは分かるけれど、そんなにカリカリしたところで仕方ないじゃない」 持ってきたお弁当をゆっくり食べながら、ミサちゃんが苦笑しつつたしなめてくる。ミサちゃんは、なんとなく福庭くんに甘いと言うか、圧しが弱いと言うか。マチコにいたっては、問題外だし。今も、福庭くんの隣でやたらニコニコとしていて、実に嬉しそうだ。 ジロッとその様子を睨んでいると、福庭くんがにこりと微笑みかけてきたので、さっと目を背ける。危ない、目が合うところだった。今でさえ、例のごとくビリビリと嫌な感じがしているのに--わたしはもう、倒れたくなんてないぞ。 そんなわたしの切実な想いなんて毛ほどにも気にしてない様子で、「花ちゃん」と福庭くんが声をかけてくる。 「話しかけないで。て言うか関わってこないで」 言ってから、マチコがまた怒るかもしれないと気がついて、ハッとそっちを見たけれど、マチコはこっちを見てちょっと肩をすくめただけだった。昨日のことがあったばかりだから、「気にしないようにする」とあえて伝えてくれたんだろう。 とは言え、分からないなりにこちらの気持ちと事情を汲んでくれたマチコの気持ちを、踏みにじるわけにもいかない。 わたしはちょっとトーンダウンして「あのさぁ」とできるだけ冷静に続けた。 「その呼び方も、止めてくれる? 距離感間違えてない?」 「えー。昨日、約束したじゃろう」 口を尖らせる福庭くんに、「はぁ?」と声を上げかけ--あ、と思い出す。 --明日()うたら、山月さんのこと、『花』って呼んでええ? 「あれ……夢じゃなかったんだ……」 「夢ではあるけどのう」 のほほんと福庭くんが返すのを聞いて、確信を深める。あのおかしな夢は、単なる夢じゃなかったんだと。 (と言うことは……例の後光パワーもやっぱりほんとってことか) マチコは元より、ミサちゃんが福庭くんにはいくらか当たりが柔らかいのも、そのせいなのかもしれない。となると、味方はゼロか……。 うなだれるこちらの気持ちなんて考えもせずに、福庭くんは能天気な声で話し続ける。 「そういや花ちゃんは、今日もリレーの練習するん? 昨日、あんまり上手くいかんかったって、他のヤツがぼやいとったが」 「そりゃ……時間も、あまりないし」 頷きつつ、昼休みに控えている練習に、鳩尾がきりりと痛んだ。他の人がぼやいてたっていうのも、それに拍車をかける。もしかしたら、口には出してなくて思っていただけなのを、福庭くんが勝手に読み取ったのかもしれないけれど。 「花……」 表情に出ていたのか、ミサちゃんが心配そうに名前を呼んでくる。 「大丈夫。やらないとだし」 前回の練習がアレだったとは言え、わたしだってちゃんと参加したいという気持ちは変わらない。 走っているチームメイトたちの姿を思い浮かべながら、わたしは一人、小さく頷いた。 (わたしだって……認めてもらえるように、頑張らないと) そう、決意を新たにするすぐ横で。 「なら、俺が手伝っちゃるわ」 とても余計なことを、福庭くんが曇りのない笑顔で言い出したのだった。
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