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7-5 鬼ぃさん、どうかしたんですか?
せっかく、福庭くんが寄ってこなくなったことを謳歌していたところなのに、その福庭くんに異常事態が起きているというのはどういうことなのか。
強いて言えば、あまり関わり合いにもなりたくないのだけれど、マチコは意気込んで続けた。
「なんて言うか、元気がないんだよね。前はあんなに、みんなの真ん中にいたのにさ。最近はぼんやりしていることが多いし……」
「前って……福庭くんがクラスに来るようになってから、そもそもそんなに経ってないじゃん」
思わず言ったけれど、マチコはむしろ「そうそう」と続ける。
「そんなん感じさせないくらい、みんなに溶け込んで、中心的存在って言うの? そんな感じだったじゃん」
「まぁ……確かにそうね」
頷いたのは、ミサちゃんだ。空になったお弁当箱をしまいながら、軽く首を傾げてみせる。
「クラスに溶け込むために最初の方で頑張りすぎちゃって、ようやくちょっと力が抜けたんじゃない?」
「うーん、そういうもんかなぁ……」
腕を組んで唸るマチコ。まったく、近づいて来ようと来まいと、大事なお昼の時間を侵略していくなんて、本当に面倒なヤツだ。
ずっと避けていたけれど、久しぶりに視界に入れてみれば、福庭くんは何人かの取り巻きに囲まれながら外をぼんやり眺めていた。そこに別の女子の取り巻きたちがやってきて、「これでも食べて元気出してー」などと言いながらお菓子を机にバラバラと置いていく。それが結構積み重なっていて、まるでお供えみたいだ。ご利益があるとは思えないけど。
「花たん、福庭と仲良いじゃん。なんか聞いてない?」
「はぁ? わたし、別に仲良くなんて……」
「そんなコト言って、この前もさぁ、なんか親密そうだったじゃん? ほら、アノ……」
マチコが途端に、視線をそらしてまごつき始めた。
(親密そう? なんの話だっけ……ぁ)
もしかして。この前、マチコと喧嘩みたいになってしまったときのことを言ってるんだろうか。確かにあのときの会話は、そう受け取ろうと思えば、受け取れなくもないのかもしれない。親しい仲だから、ちょっとくらい悪態ついても問題ない、的な。
「別に、なにも聞いてないけど」
「じゃあ訊いてきてよ」
すぐさまマチコが、会話のサーブを打ってきた。だが怯んではいけない。わたしもすぐさまブロックだ。
「やだ」
そして、すかさず打ち返す。
「マチコのが、よっぽど仲良さそうだったじゃん。マチコが訊いてくれば」
「アタシは、別に仲良かったわけじゃなくて、推しジャンルが一緒だっただけだし……」
弱々しいブロック。なるほど、結局デモ滅か。
「別に、花が無理して訊く必要はないんじゃやいかな」
助け船のサーブを打ってくれたのは、ミサちゃんだった。
「福庭くん、仲良い人多いんだし。わたしたちより適任な仲の人くらい、いるんじゃないかな」
きっぱりと言いきられると、マチコも「そうかなぁ」と弱腰になり、ここでゲームセット。
ホッとしつつ、ちらっと福庭くんを見ると、福庭くんは先程と変わらずぼんやり窓の方を眺めていた。
※※※
「おつかれさま! 山月さん、またタイム縮んでるよっ」
リレーの練習後、中田さんがにこにこと声をかけてきた。そんなに、速く走ったつもりはなかったのだけれど。でも、中田さんが喜んでいるのならまぁ、良いか。
「ありがとう。毎日、みんなで頑張ってるおかげだね」
「あとちょっとで、本番だし。五月に体育祭って、練習一ヶ月くらいしかできないし、なんか慌ただしいよねー」
アンカーで走ったばかりの中田さんは、胸元の襟をつかんで、パタパタと風を体操着の内側に送りながらそうぼやいた。
「でも……みんなでこうやって練習してると、少しずつ仲良くなれるきっかけには、なった気がする」
はにかみながら、そう言ったのは古賀さんで。確かに、はじめこそギクシャクしていた練習だったけれど、最近は笑顔も増えてきた。なんだかんだで、同じ目標に向かって頑張る、って言うのは、結束力を強めるのに役立つものなんだろう。
最初の頃の練習にいたギャラリーも、この頃はいなくなっている。きっとそれぞれ、種目の練習をしたり、応援グッズ作りをしたりと忙しいんだろう。
「……そう言えば中田さん、最近、福庭くんって元気ない……気がするんだけど。なんか知ってる?」
「え? うーん……確かに気にはなってるんだけど……なんか、誰が訊いてもなにも言わないみたいなんだよねー。晴美くん」
中田さんは、福庭くんとは結構お喋りしているような印象だったけれど、その中田さんでもなにがあったのか知らないのか。
「ふぅん……」
別に、どうでも良いけれど。
ちらっと頭に浮かぶのは、屋上で話したときのことで。
(誰にもなにも言わないっていうのは……「言えない」ってこと……?)
そうだとすると。もしかしたら、神様の力関係のこととか。
「山月さん! そろそろ戻らないと、休み時間終わっちゃうよー」
いつの間にか、先を歩いていたチームメイト達が、校舎の方から手を振ってくる。
「はぁい!」
バタバタと走り出した頭の中では、余計なお節介心が、むくむくと鎌首をもたげていた。
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