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1-3 鬼ぃさん、新しいクラスメイトです
「はじめまして、広島から来ました。福庭晴美です」
関西方面のイントネーションで、そう自己紹介したのは、担任の先生に連れられてやってきた男子だった。
とは言え、別に転校生というわけでもないらしい。元々、「福庭」という名前はクラスの名簿にもあったし、席も始業式から、わたしの後ろに用意されている。
「ほんとは四月から通うはずだったんですけど、家庭の都合で遅くなってしまって。今日からヨロシクおねがいしますー」
そう、人懐こい笑顔で言う福庭くんは、初めて会うクラスメイトたちの前でも堂々としていて、なんというか……いわゆる陽キャラっていうやつなんだろうか。男子にしては長い前髪をおでこで結んで上げていて、こう言ってはなんだけど、ちょっと「チャラい」感じがする。
けど。
そんなことよりなにより、気になるのは――。
日本人にしては明るい色の目が、ちらっとこっちを見る。目が合った途端、ぞわりと全身が粟立つ感覚に襲われて、わたしは慌てて顔を伏せた。
「じゃあ、福庭はあそこな。あの、窓際の一番後ろの、空いてる席を使ってくれ」
「はい」
福庭くんが、トントンと軽い足取りで歩いてくる。その足音が近づいてくるほどに、心臓がドッドッドッと速くなる。
さっき。窓から校庭を歩いている福庭くんを見たときも、感じたこと。
なんだろう、この。おかしな感じ。びりびりと、痺れるような。尖った刃物を、目の前に突きつけられてるような。恐怖と違和感が、飲み込めない塊になって喉の奥で暴れているような――そんな苦しさを、福庭くんからは感じる。
そう。まるで――人間じゃ、ない。ような、違和感。
「なぁ」
後ろから声をかけられ、ビクッとわたしは身体を震わせた。驚いただけじゃない。身体が、軽く拒否反応を起こしてる、ような。
「あ……えっ、と」
振り向いたわたしの視界に、キョトンとした福庭くんの顔が入る。
福庭くんはすぐに気を取り直したようで、自己紹介のときに見せたのと同じ懐こい笑顔を、わたしに向けてきた。
「よろしく」
こそっと小さく。でも明るいその声に 、わたしは冷や汗に震えながら、こくりと黙って頷いた。
※※※
休み時間になると、福庭くんはたちまちクラスメイトたちに囲まれることとなった。単なる物珍しさもあるのだろうけれど、滲み出るフレンドリーなオーラのせいか。少なくとも、わたしみたいに縮み上がっている同級生は誰もいない。
(わたし……だけ、なのかな……。福庭くんに、変な感じがするの……)
「花ちゃん、大丈夫?」
真っ先にそう訊ねてきたのは、ミサちゃんだった。トイレに立ったわたしにさりげなくついてきてくれて、手洗い場に着くなり、心配そうに顔を覗き込んできた。
ミサちゃんが心配してくれる理由は、壁に備えつけられた鏡を見るとすぐに分かった。血の気が引いて、顔が気持ち悪いくらいに真っ白だ。
「花たんどうしたん? 貧血?」
後からひょこひょこついてきたマチコまで、驚いた顔で訊ねてくる。なんと答えたら良いか分からなくて、「うーん」とあいまいに首を傾げるしかない。
ミサちゃんもマチコも、福庭くんになにも感じてないんだとしたら、この怖いくらいの違和感を話すことは、やっぱり止めといた方が良いんだろうか。
鳥肌と冷や汗は引いたけれど、身体はまだ小さく震えている。
「……あの人に、なにか言われたの?」
「え? あ、や。福庭くんは、別に」
神妙な顔で訊いてくるミサちゃんに、慌てて手を振るけど--それが墓穴だと分かったのは、ミサちゃんの口元がにやりとしたのを見てからだった。
「私、福庭くんがどうとは、言ってないけど」
「え? ぁ……」
「なんだー。花たん、福庭苦手? アタシもー。あんなパリピ感溢れさせられると、それだけで怖いよねっ」
「マチコにかかると、明るいタイプは全員パリピになってしまうくらいだものね」
「必要以上の光は、周囲により濃い影を落とすものなのだよ……」
声色まで変えてマチコが言う。きっと、またデモ滅のキャラの台詞かなんかなんだろう。ツッコムと長くなるのが分かっているので、そ知らぬ顔をしてやり過ごす。
マチコがあぁいうタイプの人を苦手としているのは、いつものことで。この調子だと多分、わたしが感じた怖さを、同じように感じ取ったわけじゃないんだろう。それなら、変なことはやっぱり言えない。
「--別に、苦手とかじゃないよ。ただ、なんて言うか……圧倒されちゃっただけ。わたしだったら、いきなりみんなの前に立たされて、あんなふうに堂々となんてできないなー、って」
それはそれで、実際に思ったことでもあったので、スムーズに言葉となった。ただ、その言葉は形となった途端、わたし自身の心臓をチクチクと刺してきたけれど。
「……まぁ、花の場合、仕方ないわよ」
ミサちゃんが、言葉を選ぶようにゆっくりと、そう呟く。
「そーそー! 花たんはさぁ、中学で同じクラスになったときも、『鬼に祟られた化け物寺』って話題になってたもんねー」
マチコのハイテンションな台詞がそれに続き、ミサちゃんがギロリとした目でそちらを睨んだ。
思い出したのは、まさしくそのことだった。
「近所の人たちや檀家さんは、昔からの付き合いで家守のこともよく知ってるから、小学校のときは別に問題なかったんだけどね」
当時を思い出すと、本当に平和だったなと思う。
家守という「鬼」の存在は周知のもので、本人(本鬼?)はもちろん家族の誰も、代々隠そうとなんてしてこなかった。だからいつも、家守は当たり前のようにお寺の周りを掃除したり、買い物へスーパーに行ったり、町内会の寄り合いに参加したりもしていて、ご近所さんたちにも「山月さん家の家守さん」として、ごくごく普通に受け入れられてきたし、わたし自身もそういうものだと思って、赤ちゃんの頃から過ごしていた。
そもそも、「満圓寺には、雪より出でし鬼が棲む」というのは、この地域に古くから伝わる民話みたいなもので。どこまでが本当でどこからが作り話なのかよく分からないような話が、いくつも残っているくらいだ(「とりあえずカッコいい話は本当」というのは家守の談だ)。
カルチャーショックを受けたのは、中学生のときだった。他の小学校から上がってきた子たちが、こそこそクスクスと「鬼とか、バカみたい」と言っているのを聞いたり、面と向かって「おまえん家、寺なのに化け物がいるんだろ」とか、「化け物寺」だとか言われるようになったりした。ミサちゃんみたいに同じ小学校から来た何人かの友達は庇ってくれたし、マチコみたいに「鬼とかめちゃんこカッコいいじゃん!」と仲良くなってくれる子もいたけれど。わたしが学校で家族の話を公にしなくなったのはそれからで、運動会の応援や授業参観にもう来ないでと、家守に言ったのもその頃だ。
それから、もう一つ――。
「あのね」
ポンと肩を叩かれて、物思いから現実に引き戻される。ミサちゃんの大きな目が、顔のすぐ近くでわたしを見つめていた。
「花は、花なんだから。他の人と比べて、変に卑下する必要なんて、ないの。花の良いところなんて、私もマチコもよく知ってるんだから」
「ミサちゃん……」
「そうだよぅ花たん! 『月のない夜でも花は美しくそこに在る』、だよ!」
「ありがとうマチコ……それ、なんの言葉?」
「デモ滅の、兎月様のお言葉です! 我が推しッ」
「そっか、ありがとう……」
いつも通りの友人たちと話していたら、なんだか肩が軽くなったような感じがして。心なし、鏡に映る顔色も良くなった気がする。
「ほんと、ありがとうね二人とも。もう、大丈夫だから。教室戻ろうか。そろそろ一時間目、始まっちゃうし」
「あ。一時間目美術じゃん! 確か美術室」
マチコの言葉で、わたしたちは顔を見合わせて廊下をダッシュした。「廊下を走るんじゃない!」とすれ違った先生に注意され、「はーい」と返事だけは良い子にしながら。顔をまた見合わせて、くすくす笑ったりして。
福庭くんへの違和感も、家が普通じゃないことへの後ろめたさも--それ以外の自分の弱さも全部全部、気のせいってことにして。気にしないってことにして。心を許せる友達と笑ってられるなら、それで良いかななんて、思ったりしたのだけれど。
※※※
「なぁ。えっと、山月さんだっけ。そがいにそっぽ向かれると、困るんじゃけど」
「……すみません」
気分軽く廊下を走った数分後。
わたしは、福庭くんと一対一で向かい合うはめに陥ったのだった。
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