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8-3 鬼ぃさん、女子高生は無敵ですか?
髪はお団子に結って、七分袖のダボッとしたTシャツに、黒のスキニージーンズ、それから少し迷って、色のついたリップを塗って再び玄関に出ると、「おぉ」と福庭くんが唸った。
「やっぱり、学校とは雰囲気違うのぅ」
「……そう? 別に、そんな」
気合いが入っていると思われないよう、ゆるい格好をしたつもりではあったが。にやにやとこちらを見ている福庭くんの視線にむずむずして、「ほらっ」と口調が自然と強くなってしまう。
「さっさと行こう。わたし、美味しいもの食べたい」
「牛丼とかけぇ?」
「……わたしが決めるから、黙ってついてきて」
福庭くんは自転車で来ていたため、わたしも自転車にまたがって走り出す。五月の風はすっと髪を撫でていって、すきっと青い空が心地好い。建物の中に入るのが、もったないくらいだ。
「ねぇっ! マックでなんか買って、公園で食べようよ」
「結局マックなんか」
福庭くんがけらけら笑うけれど気にしない。
すぐに近くのマックへ寄り、少し悩んでベーコンレタスバーガーのLサイズセットを買った。
「福庭くんは?」
「俺は百円マックの単品を五つ買う。その方が、腹持ちが良いけぇ」
支払いはそれぞれにして、また自転車をこぐ。通りかかった河川敷では、水が日の光にきらきらと反射していて、とっさに「ここにしよ!」と自転車を停めた。
河川敷はちょっとした遊歩道が整備されていて、ベビーカーを押す親子や、おじいちゃんおばあちゃんがお散歩しているところだった。
わたしと福庭くんは斜面の芝に座り込んで、買ったばかりのマックの袋をあさった。
「風が気持ち良いなぁ」
「そういや、花ちゃんは友達と土日、遊ばんの?」
さっそくハンバーガーにかぶりつく福庭くんに、ポテトをくわえながら「うーん」と唸る。
「ミサちゃんは週末も部活の練習あるし、マチコは趣味の用事で忙しいし……まったく遊ばないわけじゃないけどね」
「他に友達いないんけぇ?」
ずかずか訊いてくるのに若干苛立ちを覚えつつ、「休みの日に遊ぶほどの友達はね」と口調を強くして答えた。
「小学校の頃は、わりといろんな子と遊んでたけど……中学生になるとね。なかなか」
当時を思い出すと、鳩尾がきゅっとなる。しんどいときに傍いてくれたのは、いつもミサちゃんとマチコだった。
「福庭くんこそ、わたしと遊ばなくても『信者』がたくさんいんじゃないの?」
「花ちゃん、きっついのぅ」
福庭くんは「ははは」と笑ったけれど、確かに今のは踏み込まれた苛立ちを、ストレートにぶつけすぎたなと反省する。
「てかポテト、俺には分けてくれんの?」
「えー、やだよ。食べたきゃ自分で買えば良いじゃん」
「そんな……女子高生が一人でLサイズのポテト抱え込むことないじゃろ……」
「女子高生は無敵なので、Lサイズのポテトくらい一人で食べても大丈夫なんです」
言ってからふと、ポテトをかじりながら眉を寄せる。
「……なんで、女子高生って無敵ってことになってんのかなぁ」
「今、自分で言ったじゃろがい」
「いやさぁ、大人が言うほど、自分を「無敵」だなんて思ったことないけどなー、わたし」
むそろ、手が届きそうで届かなくて。自分が情けなくなることの方がずっと多くて。自分の感情さえ、上手くコントロールすることだって、できやしないのに。
「……多分じゃけんど」
二つ目のハンバーガーにかじりつきながら、空を見上げつつ福庭くんがうなった。
「大人は大人で、上手くいかないことも多いんじゃろ。じゃけぇ、これからどうにでもなれる俺らくらいのことが、うらやましいとか、あの頃は良かったななんて、思うんじゃろなぁ。人間、届かんものほど良く見えるもんじゃしのう」
「……福庭くん、発言がおっさんぽいなぁ」
「おっさんの心もたくさん読んどるけぇのう」
けらけらと笑い出す福庭くんにつられて、わたしも「あはは」と笑ってしまう。下を歩く人がちらっとこっちを見るくらいには、声が大きくなってしまったけれど、なんだかまぁ良いやという気分だ。
「でもさ、男子高校生は無敵って言われないよね。なんでだろ」
「男子は猿じゃけぇ。女子高生には勝てんわ」
「猿なの?」
「もしくは小学生も中学生も高校生もおっさんも、大して変わらんってことかもなぁ」
ははは、と笑っていた福庭くんの目がふと遠くなり、空になったハンバーガーの包み紙をくしゃりと丸めた。
「そんで……本題なんじゃけど」
「……本題?」
福庭くんのまとう空気が、いくらか変わったような気がして。少しだけ、身体を福庭くんから遠ざけるように捩る。
「いくら俺でも、なんも用ないのに花ちゃん家に行ったりせんわ」
そう、苦く笑ったかと思うと。福庭くんの指がすっと、こちらを指した。
わたしの持つ、ポテトを。
「それ、いつからなん?」
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