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8-4 鬼ぃさん、鬼になるのですか
福庭くんが指さしたポテトを、また一つかじりながら「えっと……」と首を傾げる。
「ポテトが……どうかした?」
「ポテトが、問題なんじゃのうて。問題なんはその量じゃ」
福庭くんはいたって真面目な顔をしたまま、指を下ろした。少しだけ眉を寄せて、怒っているようにも見える。
「この前も、弁当の後にやたらパンを食べてたじゃろ」
「まぁ……甘いものは別物だし。パンなら、マチコだって」
福庭くんがなにを言いたいのか、さっぱり分からない。ポテト食べるのも、パンをデザート代わりに食べるのも、そこまでおかしいことだろうか。
「なんて言ったら良いんじゃろうな……。花ちゃん、前より食べる量が、やけに増えとらん? 前から同じくらい食べるんじゃったら、弁当自体多くするはずじゃろ? でも花ちゃんの弁当箱はいかにも可愛らしいサイズじゃったけぇ。本当は、そんな食べる方じゃなかんたんじゃろ」
「……まぁ、この頃は確かに、ちょっとお腹すくこと増えたな……とは。でも、リレーの練習とかもしてるし」
これはここ最近、自分にも言い聞かせていたことで。でも、体重計に載っても増えてないし、まぁ良いかと思っていた。
「……花ちゃん、俺とこうやって向かい合っとっても、倒れなくなったよな」
「え? まぁ……」
エメラルドみたいにやたらきらきらと綺麗な目で、福庭くんが言う。そういえば、倒れなくなったり、そこまで嫌な感じがしなくなったのはいつからだっけ?
福庭くんが立ち上がり、手を差し伸べてくる。
「握って」
「え」
「また倒れたり、鬼みたいになったりしても、俺がなんとかするけぇ」
有無を言わせない口調でそう言われると、拒否することもできなくて。
ゆっくりと立ち上がって、差し出された手に、おそるおそる手を重ねる。
「ッ」
一瞬の、パチッとした静電気みたいな衝撃。
でも、それ以上のことはなく、身体にも変化はない。
「……これって……もしかして、前に福庭くんが言っていた、『耐性』がついたってことかな……?」
わたしの言葉に、福庭くんはじっと重なった手のひらを見つめていた。なんだか照れくさくてサッと引っこめると、福庭くんはまだ難しい表情のままだった。
「いや……あのとき、鬼さんは『耐性』なんてないって言うとったけぇ……。俺はむしろ、方丈さんの言うとった方じゃと思うわ」
「ミサちゃんの……?」
ミサちゃんと福庭くんが、前に家に来たとき。確かミサちゃんは、鬼の力を強くして福庭くんに対抗できるようになったら良いんじゃないかって言ってた。
「つまり……わたしの力が、強くなったってこと?」
「あぁ。花ちゃんの食欲が増したんも、関係あるんじゃないかのう。つまり――鬼の力が増したことで、身体の消費するエネルギーが増えちょるとか」
ドキリと、心臓が脈打つ。
「でも……それは、福庭くんの想像でしょ?」
「じゃが」
福庭くんは視線をさ迷わせて。それでも思い切ったように、こちらを見た。
「――臭いが、強くなっとるんじゃ。花ちゃんからする、鬼の臭いが」
「臭い……」
くらっと、一瞬、空と地面とが分からなくなりかけ、ぐっと踏みとどまる。福庭くんの目は、こちらを見つめ続けていた。
「……家守みたいに、力が強くなったら、臭いがしなくなるんじゃなかったの?」
「言ったじゃろ。あの鬼さんは別格じゃ。俺や花ちゃんみたいな半端モンとは違うけぇのう」
でも、と。福庭くんの目の光が、少し揺れた。
「臭いの強くなり方が速すぎて……俺が心配しちょるんは、花ちゃんがホンモンの鬼になってしまうんじゃないかっちゅうことじゃ」
「本物の鬼、って。まさか、そんなの」
つい笑ってしまう――その声が、ちょろっと震えた。
だって、わたしは普通に生きてるだけで。学校行ったり、友達と喧嘩したり、体育祭に向けて練習頑張ったり。そんなこと、してるだけなのに。
「ありえない……」
「俺や花ちゃんにある力はそもそも、ふつうならありえんもんじゃろ」
きっぱりと言われてしまうと、それはその通りで。そっと視線を足元に向けながら、唇を噛む。
「……家守は。鬼の力を強くするの……あんまり、良い顔してなかった」
「その辺も、なんか理由があるのかもしれんのう」
頭上から聞こえてくる福庭くんの声が、「うーん」とうなる。
「鬼さんにも、話を聞いた方が良いかもしれん。花ちゃん、聞けるか?」
「それは……うん……」
こうやって話している間にも、心がどんどん黒いものに覆われてしまいそうで。涙がこぼれそうでうつむいたままじっと目を見開いていると、「花ちゃん」と、福庭くんが目の前でしゃがんだ。
うつむいているわたしと目が合うと、綺麗な瞳がにこりと微笑んで。
「大丈夫じゃ。俺が、花ちゃんを守っちゃる」
「……」
「花ちゃんが鬼になんなら、俺は神様にでもなれば良いじゃろ。花ちゃんのことは、俺がなんとかしちゃる」
そう、はっきりと言い切る福庭くん。その目を見ていると、涙がぽろっと一粒こぼれた。
「……なんで、そこまで言ってくれるの?」
知り合って、そんなに経たないのに。わたし、ひどい態度もいっぱいとったのに、なのに。
「なんでって、そりゃぁ……」
言いかけた福庭くんは自分の首をさすると、「うーん」と首を傾げ、へらっと笑った。
「なんでじゃろな」
――その笑顔は、まるで。小春日和のお日様みたいに、泣きたいくらい温かだった。
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