8-5 鬼ぃさん、わたしは誰の子なんですか

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8-5 鬼ぃさん、わたしは誰の子なんですか

「珍しいな、花が皿洗いを手伝ってくれるなんて」  夕食後、台所で二人並びながら食器を片付けていると、家守が嬉しそうに言った。家守が洗った皿を受け取って、わたしがふきんで水気を拭き取る。大したことはしていないけど、家守が嬉しそうだと、こっちも気分が良い。 「この間、酷いこと言っちゃったから。だから、そのお詫びも兼ねてね」 「酷いこと?」 「うん……家族じゃない、とか。そういうの。本当は、もっと早く、ちゃんと謝ろうと思ってたんだけど。なかなか切り出せなくて」  拭いた皿を、棚にしまうわたしの背中に、「なんだそんなの」と家守の笑い声が飛んできた。 「そんなこと気にするものか。反抗期の頃の虎太朗は、そんなの問題じゃないくらい酷かったぞ」 「……そうなの?」 「あぁ。ズボンは尻まで下げてパンツを見せびらかすような痴態で歩いていたし、それを注意すると『人間じゃないとこのカッコ良さは分からない所詮は化け物』とか言ってきたしな。貴様が世間に見せびらかしているそのパンツを買ってきてやったのは己だぞと言ってやりたかった」  思わず吹き出してしまって振り返ったわたしを、家守の穏やかな視線が迎える。それが、昼間の福庭くんの目と重なって、「あ……」と言葉を探す。 「……あのね。話したいことがあるの」 「あぁ」 「わたしって、家守の子どもなの?」  しばらく黙った後。家守は水道を止めて、手を拭いた。エプロンを外して一つ息を吐くと、こちらを見直して少しだけ笑って見せた。 「ここじゃ、なんだな。己の部屋に行こう」 ※※※  家守の部屋は、何度か来ているけれどびっくりするくらいシンプルだ。箪笥と、畳んだ布団くらいしか、目立った物は置いていない。 「それで、なんで己がおまえの父親になるんだ?」  座布団に座りながら、家守が笑って訊ねる。  大丈夫。この受け答えは、頭の中で何度も練習した。正面に座りながら、じっと目を見返して口を開く。 「人間であるはずのわたしに鬼の力があるのは、そういうことなのかなって」 「……ふぅん」  家守は床をトントンと指で弾くと、少しだけ目を伏せた。長いまつ毛が、部屋の電気を反射してきらっとする。 「まぁ、これは己の失策ということだろうな」 「失策?」 「おまえに、そんな疑問を抱かせてしまったことがだよ」  苦みを含んだ笑顔を浮かべると、家守はもう一度わたしを真っすぐに見た。 「安心しろ。おまえは、虎太朗と幸子さんの子どもだよ」 「――じゃあ、なんで」 疑いの目を向け続けるわたしに、家守は苦く笑う。前なら、噛みついても引っ掻いても泣いても、とにかくだんまりを貫き通していた家守が。 「……これは、虎太朗から口止めされていたんだが」 仕方ないな、と。そう、口を開いた。 「……長男の紅太に続いて、幸子さんがお前を授かってしばらく経った頃、幸子さんは事故にあったんだ。幸い、怪我らしい怪我はなかったが、腹に衝撃を受けてな。切迫早産になりかけて、入院するはめになった」 そんなの、初めて聞いた。入院だなんて、きっとよっぽどだ。 「医者は、かなり危険だと言っていたらしい。幸子さんもかなり不安がっていた。そこで、己が提案したんだ。『己の鬼の力を使って、子どもを助けないか』と」 「鬼の力を使って……?」 「あぁ。人間の力よりも強い鬼の力を送ることで、弱っている幸子さんの身体を立て直し、子どもの状態を安定させられるんじゃないかと思った。己も、虎太朗の子どもを助けたかったしな。幸子さんは、間髪入れずに頭を下げた。頼みたい、と」 そんな得体の知れないことを、考える間もなく受け入れようと決心するなんて。普段はふわふわと頼りないお母さんからは、なかなか想像できない。 「『鬼の力を送り込まれることで、あんたにどういう影響が出るかは分からない。危険かもしれない。それでも良いのか?』と。己は訊ねたが、幸子さんの答えは変わらなかった。『赤ちゃんが助かるなら、わたしの命は家守さんに預けます』と。そして、虎太朗にはこのことを知らせるな、とも」 「お父さんに……なんで?」 「そんな危険なことをすると知ったら、虎太朗が止めようとするかもしれないし、なにかあったときに、己のことを恨むかもしれないから--だと。それからだよ、己が幸子さんを、芯が強くて素晴らしい女性だと認めるようになったのは。この女性が虎太朗の元へ来てくれて、本当に良かったと」 お母さん。そんな、危険だと思いながらも、わたしのために。そんな想いをしながら、わたしを産んでくれたなんて。 嬉しいのか、なんなのか。胸がきゅっと熱くなる。でも--わたしは現在を知っている。結局、お母さんに鬼の力の影響はなかった。 つまり。 「……そのときのことで、お母さんじゃなくてわたしに、鬼の力が……?」 「あぁ。臍の緒を通してのことなのか……そもそも己も、そんなことをしたのは後にも先にもそれきりだからな。一体なにが起きたのか、正確には分からん。だが--生まれてきたおまえに鬼の力が宿っていると知り、幸子さんは自分を責め、虎太朗は相談もなしに幸子さんに危険なことをしたと己に激怒した」 「そう……だったんだ……」 家守の説明が、以前に見た夢の光景と重なる。単なる夢だと、ずっと自分に言い聞かせていたけれど--。 「良か……ったぁ……ッ」 お母さんは、やっぱりお母さんで。そして、お父さんもちゃんと、お父さんだった。 あの二人の子なんだって。それだけのことかもしれないけれど、すごく嬉しい。 泣いているわたしの頭に、ポンと家守の手のひらが置かれる。小さい頃から良く知っている、安心できる手。 家守は大好きだけど、やっぱり家守にはお父さんではなく、「家守」であってほしい。 「……それで。改まってそんなことを訊いてきたくらいだ。なにか、理由があるんだろう?」 頭に手を置いたまま、家守が訊ねてくる。 確かに--本題は、これからだ。 ゆるんでいた鼻をズッとすすり、いつの間にか濡れていた頬を袖でぐいっと拭う。 「……じゃあ、わたしは人間……なんだよね?」 「あぁ、そうだな」 穏やかに頷く家守の目は、変わらず真っ直ぐにこちらを見つめていて。もしかしたら、わたしが訊きたいことも家守は、もう分かっているのかもしれない。 すっと息を吸って、心の準備を整える。家守は、ここにいてくれている。頭に置かれた手を取って、膝の上で両手で包むように握り直しても、なにも言ってこなかった。まるで、わたしからの一言をずっと待ち続けているように。 「……福庭くんが、わたしの鬼の力の臭いが、強くなってるって心配してるんだ」 握った手の指先が、ぴくりと動いた。自分の手に、ぎゅうっと力を込めて。にらむように、家守を見つめる。 「--わたしはこれから、鬼になるの?」
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