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8-6 鬼ぃさん、は、家族です
家守はじっと黙っていて。それから、「ふぅ」と一つ息を吐いた。
「--分からん」
それは、ちょっと予想外の言葉で。肯定か否定のどちらかが返ってくるものだとばかり思っていたから、思わず目を見開いたまま黙り込んでしまった。
家守はわたしのそんな様子を観察するようにじっと見つめながら、説明を続けた。
「さっきも言ったが、人間に鬼の力を注いだのも、それが生まれてきた子どもに引き継いでしまったのも、己にとっては初めてのことなんだ」
「そ……だよね。家守にだって、分からないことくらいあるよね」
家守に訊けば、なんでも正しい答えが返ってくると思い込んでいた。そんな都合良いこと、あるはずないのに。
「おまえの鬼の力が強くなっていることは、己も気づいていた。あの害虫の気にアてられたことをきっかけに、徐々に力が強まっていっている」
「害虫って……福庭くんだよね?」
「他にも候補がいるなら聞いておくが--まぁ、そうだな」
きっぱりと言われると、「まぁ良いや」という気分になってしまい、それ以上は突っ込まないことにした。代わりに、別の疑問が浮上する。
「それがきっかけってことは……福庭くんに会わなければ、力が強まるのは抑えられるってこと?」
実行できるかはともかく、それが有効なら、なにかしら対策は取れる気もする。けれど。
「己も最初はそう思ったんだがな。どうやらおまえの力自体が、きっかけを得た後に、独自に暴走を始めてるようだ」
「そう……なんだ……」
自分の手のひらを見つめる。この身体の中で、鬼の力が今も、強まり続けている。
「己も……あやかしの古い知己を、いくらか回ってはみたのだがな……なかには同じような状況に至った人間を見たことがある者もいたが、打開策は見つけられなんだ」
きっと先日、留守にしていたときのことだろう。わたしが知らないところで、そんなふうに動いててくれてたなんて。
その上で、どうしたって引っ掛かることがある。ギリッと親指の爪を噛んでいる家守に訊ねるのは、少し勇気がいるけれど。でもきっとこれは、知らないといけないことだろう。
「……同じ状況だった人っていうのは、どうなったの?」
家守はギリリと爪を噛んだまま黙り、それから指を放して「はぁ」と一つ、ため息をついた。
「……同じ状況とは言っても、そいつが力を注がれたのは、鬼ではなかったそうだがな」
もったいぶる家守をじっと見つめ続けると、家守はまた一つ息をついた。額に手をあてて、ぼそっと囁くような声音で続ける。
「--死んだ、らしい」
「……死んだ?」
「あぁ。器……肉体が、力の増加に耐えられなかったそうだ」
……死ぬ。
「それは……ちょっと、予想してなかったなあ……」
最悪、鬼になってしまうのだろうかとは思っていたけれど。まさかそれよりも悪いことがあるなんて。
「だが、そいつは成人してから、突然に大量の力を注ぎ込まれたことによるらしい。最も柔軟性のある胎児の時点で力を注がれ適応し、未だに柔軟性を見込める思春期であるおまえなら、別の可能性も低くない」
別の可能性。
それって、もしかして。
「死なずに済む……ってこと?」
「可能性は低くない、というだけだがな。その場合、死はまのがれてもどうなるのか分からん」
「そ……っか……」
死にたくはないけれど。死ななかったらどうなるのか--それも考えると、ちょっと怖い。
やっぱり、鬼になるんだろうか。そしたら、人間のわたしはどうなるの? 鬼になっても、今までと変わらず生活できるの? 鬼になっても--学校に通って、家族と暮らして、それから。
口を結んで考え込んでいると、家守がふと近づいてきた。頭をポンと一つ叩いてくる。
「安心しろ--って言ってもな。己が不安にさせた部分もあるだろうが。これだけは覚えておけ。なにが起きても己が、おまえを守る」
「家守……」
小さい頃から、よく馴染んだ大きな手のひら。
知ってるよ。豆まきを怖がって泣いて帰ったあの日も、ミサちゃんを傷つけて震えてたあの日も、この手のひらがわたしを包んでくれた。心配ないと。
「家守は……わたしたちの家族だもんね」
そう言うと、「あぁ」と家守は嬉しそうに笑った。
「だから家族は、己が守る」
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