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10-2 鬼ぃさん、解き放ちます
ミサちゃんが、にぃと笑う。まるで、小さな子のように。
「優しい花。大好きよ」
「うん、わたしもミサちゃんが大好きだよ。だから--元のミサちゃんには、わたしが戻すから」
とは言っても、どうしたら良いんだろう。分からない。分からない、けれど。
「花ちゃん!」
福庭くんの声がする。逃げてって言ったのに、マチコと二人して少し離れた場所から、こっちを見ている。どっちも、今にも駆け寄ってきそうだ。
「あの男……まだわたしと、花の時間を邪魔しようとして……許せない」
「ミサちゃん! 待ってダメっ」
ミサちゃんの腕にしがみついて、もう一度衝撃波の進路をなんとかずらす。
「や……めなよ、ミサぴょんっ! よく分かんないけど、そういうの良くないってッ」
「そう。あんたまで邪魔するつもりなの。 私と、花を……友達だと思っていたのに」
きっと、決死の思いで叫んだマチコを、ミサちゃんは冷たい目で見据える。
--ダメだこのままじゃ。本当に、ミサちゃんがどちらかを殺しちゃう……っ!
「やめてミサちゃんッ!」
腕だけでなく、ミサちゃんの身体全体を、ぎゅうっと抱き締める。
「違うよ、ミサちゃん。ミサちゃんは、友達のマチコを怪我させたりなんかしない。だって、優しい良い子だからっ」
「--優しい良い子? 私が?」
乾いた表情で、ミサちゃんが笑う。こうしてる間にも、ミサちゃんの腕の力はすごくて、抱きついてるので精一杯だ。
「そうだよっ! ミサちゃんはいつもわたしたちのことを、大切にしてくれた。わたしのことをなにかと心配してくれたり、マチコの好きなものを理解しようとしたり……。そうしてくれる友達がいたからわたし、自分のことを好きにはなれなくても、とことん大嫌いにならずに済んだ!」
ミサちゃんの顔が、小さく歪んだ。「やめて」と、苦し気にうめく。
「私は変わったの。変わることにしたの。だって、どんなに好きでも前の私じゃ届かないって分かったから。愛してもらえないから」
「届いてるよ! わたしはいつものミサちゃんが大好きだよっ」
ミサちゃんの両腕を取って、心の底から叫ぶ。その瞳を正面から見つめて。
「ミサちゃんにこそ届いてないじゃん! わたしにとって、ミサちゃんがどれだけ特別なのか、ちっとも分かってないッ」
わたしが叫ぶほどに、ミサちゃんは苦しそうで。きっとまだ、鬼としてのミサちゃんと本当のミサちゃんが、心の中で戦ってるのかもしれない。
「……無意識にだったとしても。ミサちゃんがこんなに苦しむくらい、縛りつけて。それくらい、わたしにとってミサちゃんは特別な存在だったんだよ……」
ぐいっとミサちゃんの右腕をこちらに引きつけて、体操着の袖を爪で裂く。
「なにを」
「だから……ごめんね」
謝ったのは、体操着を破いたことではなく。その肩口に残る、あらわになった古い傷痕にだった。
小さい頃に、わたしが傷つけ。そして縛った、呪いの痕。
「……ミサちゃんが大好きだから。また、わたしが悪いことや傷つけるようなことをしたら、ひっぱたいて怒ってくれるような、ミサちゃんでいてよ」
--ミサちゃんの心を縛っていた力を解き放つ。そうなったとき、果たしてミサちゃんがわたしをどんな目で見るのか、分からないけれど。
「……できたら、また……友達に、なってね」
震える声。でも、ミサちゃんをもう、苦しめたくないから。
そっと、傷口に口づける。ミサちゃんへの、精一杯の想いを込めて。
「……っ!?」
ミサちゃんの身体が、びくりと跳ねた。同時に、口元から熱が伝わってくる。
温かくて、熱くて。まるで氷が溶けてくみたいにじんわりと。
「ぅ……あ」
ミサちゃんが呻くのを、抱き締めて支える。その額にあった小さな角が、それこそ溶けるように消えていく。小さい頃にかけてしまった呪縛が、唇を中心にほどけていく。
ありがとう。これまで一緒にいてくれて。こんなにも愛してくれて。
でも、でも。
わたし、ミサちゃんの本当の友達でいたいから。
--やがて、唇を離すと。
ミサちゃんの額にあった角はすっかり消え去り、そして。
「……ぁ……」
真っ赤から、通常の色使いに戻った瞳が、揺れながらわたしを見る。
--呪縛が解けることで、鬼にまで変えてしまったその気持ちからも、ミサちゃんは解き放たれた。
「……お帰り、ミサちゃん」
声が震えてしまったのは、単純に、怖かったから。無意識に縛っていたそれが解けてもなお、ミサちゃんがわたしを友達として認識してくれるのか。それとも、今度こそ嫌われてしまうのか--。
ぎゅっと。
わたしがつかんでいたはずの手に、つかみ返されて。
息を飲んだわたしに、ミサちゃんは優しく微笑んでくれた。
「ただいま……花」
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