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10-3 鬼ぃさん、大団円とは
思わず抱き締めたわたしを、「苦しいんだけど」と笑いながら抱き締め返してくれるミサちゃんに、涙が止まらなくなる。
「ミサちゃん……っ、ごめん、さない……ほんとごめんなさいっ! わたしが、ミサちゃんを縛って、追い詰めて、それで……ッ」
「--なにがあったかは、ぼんやりおぼえてるから。大丈夫だから」
ミサちゃんの声は、変わらずに優しい。
「でも、どうして。呪縛は、解けたと思ったのに……わたしを無理矢理、好きにしちゃったのは……終わったはずなのに」
「……お馬鹿ねぇ」
弱々しい手で、コツンと額を小突かれる。かと思うと、その指先が目元の涙をそっと拭っていった。
「呪縛がなくたって。元々私たちは友達でしょう……?」
「……っ、うん!」
もう一度、力強く抱き締めるわたしに、ミサちゃんは「苦しいって」と呻き。そんなこちらに向かって走ってきたマチコが、そのままの勢いで「よかったぁぁ!」と泣き叫びながら飛びついてくる。
「よかった! なんかよく分かんないけどとにかくよかったぁぁぁッ」
「分かった、分かったからマチコ……鼻水つけないで」
「いやだぁぁアタシだって怖かったんだからぁッ! 鼻水くらいつけさせてよぉぉっ」
「それは本当に悪かったけど、鼻水つける意味はないでしょう?」
二人のやり取りにわたしが泣きながら笑って。つられるように、結局ミサちゃんとマチコも笑って。
「あんなことの直ぐ後でそんな大笑いして、タフじゃのぅ」
呆れたように近づいてくる福庭くんに、わたしは腕で残りの涙を拭いながらニッとした。
「ミサちゃんとマチコが、こうしていてくれればね。わたしだって、無敵っぽくなれるのかも」
「そりゃ、敵わんのう」
つられるようにして笑い出す福庭くんに、今度はミサちゃんが「あの」と声をかけた。伏し目がちに、身体を固くしながら。その手をぎゅっと握りしめると、ミサちゃんは小さく頷いて、息を深く吸った。
「私……ごめんなさい。福庭くんに、酷いことを」
「えぇよって。怪我はないけぇ、気にせんで」
ほっと、ミサちゃんの身体から緊張が抜けるのが伝わってくる。そんなミサちゃんの背中を、マチコがポンポンと叩いた。
「そういや、もうすぐリレーじゃけぇ。花ちゃん、準備せんと」
ハッと。我に返ったような唐突さで、福庭くんが言う。
「えぇ……そういや、運動会の最中だった……」
思わずぐったりと項垂れるわたしの背中を、福庭くんがべちっと叩いた。
「友達がおったら無敵なんじゃろ。リレーくらい楽勝楽勝」
「そういう恥ずかしい台詞を、日常に戻ったところで繰り返さないで……」
とは言え、このために練習だって頑張ってきたのだし、リレーのチームメイトともせっかく仲良くなってきたのだから、ちゃんとやりきらないと。
「花、ごめんね。私が、あんなことになったから」
「違う違うミサちゃんのせいじゃないって。んじゃ、走ってこようかなー」
「その前に、その髪型なんとかした方が良くない? アタシの髪ゴム貸したげるから」
結局、なにがどうなっているのか正確には知らされていないにも関わらず変わらない態度で、わたしの逆立った髪を手櫛ですいてくれさえしているマチコには、本当に感謝しかない。運動会が終わったら、全部話そう。
「--おい、なにがあったんだー?」
頭上から不意に、そんな声が聞こえたかと思うと--ドンッ、と音を立てて、グラウンドの方へと向かうところだったわたしたちの前に、家守が着地した。
「花の気配が乱れたから、急いで来たんだが」
そう訊ねる家守に、みんな顔を見合わせてまた「あははっ」と笑った。
「遅いよ家守。もう全部終わっちゃったよ」
「花ちゃん、ぶち頑張っとったんで」
にやにやとするこちらを、家守は釈然としない顔で見つめていたけれど、わたしたちはまたぞろぞろと歩き出した。なにせ、時間がない。
「花、これからリレーに出るんです」
「家守さんも応援してったら?」
ミサちゃんと、中学時代から何度か会ったことのあるマチコとに言われ、家守は「そうなのか」と頷いたけれど、まだ眉間には皺が刻まれていた。
「……花、本当になんともないのか?」
「大丈夫だって! なにがあったかは後でちゃんと話すから。とにかく行こ」
両手には、ミサちゃんとマチコの手をしっかり握って。握り返してくるその手のひらに力を分けてもらう心地で、歩き--
ブツリと。
わたしの意識は、そこで途切れた。
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