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10-4 鬼ぃさん、夢なら覚めて
あぁ。なんかこれ知ってるな。
どうせ、また気を失ったんでしょ。なんでかは分かんないけど、きっと、そういうことでしょ。
目の前は真っ赤な闇で、身体はぴくりとも動かない。
(夢……? 夢の中でも、身体が動かないとか。やめてほしい……)
半分くらいやさぐれた気持ちでそう思っていると。
「――なんだ、元気そうじゃん」
聞き覚えのある声がして、わたしの顔をひょいと覗き込んできた。
どこかで見たことがあるような顔だ。でも、誰? 分からない。
「そう、分からないの。まぁ別に、良いんじゃない?」
クスクスと、嫌な笑い方をする。白い逆立った髪に、真っ赤な目。額からは二本の長い角が生えている。
あぁ嫌だ。なんか、嫌だこいつ。こいつは嫌だ。
「可哀そうに、口も利けないんだね。せっかくのお誕生日なのに」
……誕生日? なにを言ってるんだろう、こいつは。わたしの誕生日は、もっと先だけれど。
「あぁ、そうだね。確かにそうだけど。でも確かに、今日もあんたの誕生日だよ。わたしと、あんたの。ハッピーバースデイ」
またクスクスとして、ご機嫌に誕生日の歌なんか歌い始めるそいつを、わたしは瞬きもできない目で茫然と見つめていた。
あんたは、なに。いったい、なんなの。これは夢なの。
そいつはにぃっと笑うと、「ほんとは、分かってるんでしょ」と歌うように言った。爪の尖った人差し指をわたしに向けながら、クスっと。
「ハッピーバースディ、わたし。今日はあんたが、無事に鬼に成った日。生まれ変わった日。サキちゃんにかけた呪縛を取り込んだりしたから、おかげさまで予定日が繰り上がったんだ」
――鬼に。鬼に成った? わたしが?
「そうだよ。てゆーか、もう分かりきってことだったじゃん。そのうちに鬼に成るか死ぬかするのは。どのみち、そういう運命だったでしょ? わたしは」
つまり。あんたは、わたし? 鬼に成ったわたしなの?
「そういうこと。頭の回転鈍いなぁ。まぁ、所詮わたしだから仕方ないか」
じゃあ一体、ここはなんなの? どうして真っ赤で、わたしは動けないでいるの。あんたは、好き勝手動いて喋ってるのに。
「ここは、まぁ夢の中と思ってくれても良いんじゃない? 一度だけ、前にお招きしたことがあるけど、あんたもそう思ったみたいだし」
「前に……?」
そう言えば。この真っ赤な闇には既視感があった。いつのことかまでは覚えていないけれど。
鬼のわたしが、クスっと笑う。
「あのときは、ちょっと未来を見せてあげたの。わたしの予想でもあったけれど。まぁ、今となっては現実ね」
現実……? 一体、どういう意味なの。
「あんたはこの身体の支配を手放した。だからそうして横たわってることしかできないの」
だとしたら。
「この身体は今、どうなってると思う?」
パッと。目の前に映像が現れる。まるで一人称視点のアクション映画を観ているかのように、くるくると景色が動いて、かと思うとサッと視界に現れたのは家守だった。普段、家で過ごしているときとは違い、長く鋭い角が二本生えていて、爪も長く尖っている。
『――花。落ち着け』
家守の声が、スピーカー越しのように、ややくぐもって聞こえてくる。
『おまえは鬼に成ったばかりで、鬼としての本能に支配されている。分かるか』
クスクスと笑いながら、鬼が自分を指さす。その顔につばでもかけてやりたいけれど、身体が相変わらずぴくりともしない。
画面の外れには、ミサちゃんとマチコがいて、震えながらこちらを見ている。二人とも、怪我こそないものの土まみれだ。
「もったいないことしたね。せっかく、ミサちゃんのことは呪縛で生成になるまで育てたのに、それを無下にしちゃうなんて。友達と二人で鬼になれば、寂しくなかったでしょ?」
――あんたが、あんなふうにミサちゃんを力で縛ったの⁉
「あぁ。勘違いしないでよ。わたしはあんたなんだってば。責任転嫁しちゃだめでしょ」
よく言うでしょ、と。「わたし」は楽しそうに続けた。
「どんな自分も、自分の一部として受け入れなさいって。漫画とかじゃよくあるパターンでしょ。あんたが受け入れなきゃいけないのは、わたし」
鬼がそう言った途端、映像の中で動きがあった。わたしの身体が家守を蹴り飛ばして、吹っ飛ばされたように見えた家守がくるりと回って着地する。
「例えば――マチコね。本当はずっと、マチコのことは見下してた。どうせ、わたしのことなんか本当の意味では理解してないし。できっこないって。ただ、まぁ。良い暇つぶしにはなるから、仲良くするようにはしていたけれど。でも、もうそろそろ要らないんじゃない?」
違う! そんなこと思ってないっ。マチコは、わたしが孤立しそうだった中学生の頃、声をかけてきてくれた数少ない相手なのに……! さっきだって、その大切さを改めて感じたばかりなのに、馬鹿言わないでよッ。
「そう? でも、ミサちゃんさえいれば、本当に独りぼっちになることはないでしょ。呪縛を解いたなら、もう一度かければ良いだけの話じゃない。そしたらミサちゃんは、わたしだけを見ていてくれる。独りぼっちになんて、ならずに済む」
不意に――映像が動いた。マチコとミサちゃんの方へ。身体が向かっているんだ。やめて、なにする気なのやめてやめてやめてっ!
バッと目の前に立ちふさがったのは、福庭くんだった。二人を庇うように両手を広げる福庭くんを、わたしの身体は躊躇なく片手で吹っ飛ばした。
――福庭くんッ!
「あいつなんて、すごくうざいじゃない。ずっとそう思ってたでしょ? 勝手に仲間意識なんてもたれても迷惑なだけだし、そもそもわたしなんかよりずっと恵まれた力をもってるくせに。 なに? 神様って。女子高生なんかよりずっと無敵でしょ。でもね、今はああして這いつくばってるの。神様になってでも、わたしのこと助けるとか言ってたのにね。馬鹿みたい」
画面の中では、派手に倒された福庭くんが必死に身体を起こそうとしていた。痛いだろうに。喧嘩だってしたことなさそうなのに。こっちを見て、ぐっと腕に力を入れて起き上がろうとしている。
やめて――やめてよ。確かにずっと、福庭くんのこと苦手だって思ってた。だけどこれは違う。こんなことしたくないの。こんなのは嫌なの。
『花、辛いな。苦しいな。でも大丈夫だ。己も、方丈の家の子も、おまえの友人も、あの害虫野郎も――みんなおまえを想って待っている。だから、落ち着け。帰ってこい」
家守の声がする。いつもより、優しい声だ。それを聞いて泣きたいのに、涙も出せない。
もうやめて。みんなを傷つけるのはやめて。身体を返して。
「……わたしね。ずっと思ってたの」
ぽつりと。画面を観ながら「わたし」が言った。画面の中で、身体がゆっくりと――家守に近づいていく。
家守が腕を広げる。小さい頃、抱きしめてくれたように。家守、家守。わたしは。
『……っ』
くぐもったうめき声が、聞こえて。家守の身体が、くの字に折れる。その背中からは、わたしの腕が、生えていて。
目の前の「わたし」が、クスっと言う。
「ずっと、ずっと――家守のことなんて、大嫌いだった」
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