10-4 鬼ぃさん、夢なら覚めて

1/1

23人が本棚に入れています
本棚に追加
/44ページ

10-4 鬼ぃさん、夢なら覚めて

  あぁ。なんかこれ知ってるな。  どうせ、また気を失ったんでしょ。なんでかは分かんないけど、きっと、そういうことでしょ。  目の前は真っ赤な闇で、身体はぴくりとも動かない。 (夢……? 夢の中でも、身体が動かないとか。やめてほしい……)  半分くらいやさぐれた気持ちでそう思っていると。 「――なんだ、元気そうじゃん」  聞き覚えのある声がして、わたしの顔をひょいと覗き込んできた。  どこかで見たことがあるような顔だ。でも、誰? 分からない。 「そう、分からないの。まぁ別に、良いんじゃない?」  クスクスと、嫌な笑い方をする。白い逆立った髪に、真っ赤な目。額からは二本の長い角が生えている。  あぁ嫌だ。なんか、嫌だこいつ(・・・)。こいつは嫌だ。 「可哀そうに、口も利けないんだね。せっかくのお誕生日なのに」  ……誕生日? なにを言ってるんだろう、こいつは。わたしの誕生日は、もっと先だけれど。 「あぁ、そうだね。確かにそうだけど。でも確かに、今日もあんたの誕生日だよ。わたしと、あんたの。ハッピーバースデイ」  またクスクスとして、ご機嫌に誕生日の歌なんか歌い始めるそいつを、わたしは瞬きもできない目で茫然と見つめていた。  あんたは、なに。いったい、なんなの。これは夢なの。  そいつはにぃっと笑うと、「ほんとは、分かってるんでしょ」と歌うように言った。爪の尖った人差し指をわたしに向けながら、クスっと。 「ハッピーバースディ、わたし(・・・)。今日はあんた(わたし達)が、無事に鬼に成った日。生まれ変わった日。サキちゃんにかけた呪縛を取り込んだりしたから、おかげさまで予定日が繰り上がったんだ」  ――鬼に。鬼に成った? わたしが? 「そうだよ。てゆーか、もう分かりきってことだったじゃん。そのうちに鬼に成るか死ぬかするのは。どのみち、そういう運命だったでしょ? わたしは」  つまり。あんたは、わたし? 鬼に成ったわたしなの? 「そういうこと。頭の回転鈍いなぁ。まぁ、所詮わたしだから仕方ないか」  じゃあ一体、ここはなんなの? どうして真っ赤で、わたしは動けないでいるの。あんたは、好き勝手動いて喋ってるのに。 「ここは、まぁ夢の中と思ってくれても良いんじゃない? 一度だけ、前にお招きしたことがあるけど、あんたもそう思ったみたいだし」 「前に……?」  そう言えば。この真っ赤な闇には既視感があった。いつのことかまでは覚えていないけれど。  鬼のわたしが、クスっと笑う。 「あのときは、ちょっと未来()を見せてあげたの。わたしの予想でもあったけれど。まぁ、今となっては現実ね」  現実……? 一体、どういう意味なの。 「あんたはこの身体の支配を手放した。だからそうして横たわってることしかできないの」  だとしたら。 「この身体は今、どうなってると思う?」  パッと。目の前に映像が現れる。まるで一人称視点のアクション映画を観ているかのように、くるくると景色が動いて、かと思うとサッと視界に現れたのは家守だった。普段、家で過ごしているときとは違い、長く鋭い角が二本生えていて、爪も長く尖っている。 『――花。落ち着け』  家守の声が、スピーカー越しのように、ややくぐもって聞こえてくる。 『おまえは鬼に成ったばかりで、鬼としての本能に支配されている。分かるか』  クスクスと笑いながら、鬼が自分を指さす。その顔につばでもかけてやりたいけれど、身体が相変わらずぴくりともしない。  画面の外れには、ミサちゃんとマチコがいて、震えながらこちらを見ている。二人とも、怪我こそないものの土まみれだ。 「もったいないことしたね。せっかく、ミサちゃんのことは呪縛で生成(なまなり)になるまで育てたのに、それを無下にしちゃうなんて。友達と二人で鬼になれば、寂しくなかったでしょ?」  ――あんたが、あんなふうにミサちゃんを力で縛ったの⁉ 「あぁ。勘違いしないでよ。わたしはあんたなんだってば。責任転嫁しちゃだめでしょ」  よく言うでしょ、と。「わたし」は楽しそうに続けた。 「どんな自分も、自分の一部として受け入れなさいって。漫画とかじゃよくあるパターンでしょ。あんたが受け入れなきゃいけないのは、わたし」  鬼がそう言った途端、映像の中で動きがあった。わたしの身体が家守を蹴り飛ばして、吹っ飛ばされたように見えた家守がくるりと回って着地する。 「例えば――マチコね。本当はずっと、マチコのことは見下してた。どうせ、わたしのことなんか本当の意味では理解してないし。できっこないって。ただ、まぁ。良い暇つぶしにはなるから、仲良くするようにはしていたけれど。でも、もうそろそろ要らないんじゃない?」  違う! そんなこと思ってないっ。マチコは、わたしが孤立しそうだった中学生の頃、声をかけてきてくれた数少ない相手なのに……! さっきだって、その大切さを改めて感じたばかりなのに、馬鹿言わないでよッ。 「そう? でも、ミサちゃんさえいれば、本当に独りぼっちになることはないでしょ。呪縛を解いたなら、もう一度かければ良いだけの話じゃない。そしたらミサちゃんは、わたしだけを見ていてくれる。独りぼっちになんて、ならずに済む」  不意に――映像が動いた。マチコとミサちゃんの方へ。身体が向かっているんだ。やめて、なにする気なのやめてやめてやめてっ!  バッと目の前に立ちふさがったのは、福庭くんだった。二人を庇うように両手を広げる福庭くんを、わたしの身体は躊躇なく片手で吹っ飛ばした。  ――福庭くんッ! 「あいつなんて、すごくうざいじゃない。ずっとそう思ってたでしょ? 勝手に仲間意識なんてもたれても迷惑なだけだし、そもそもわたしなんかよりずっと恵まれた力をもってるくせに。 なに? 神様って。女子高生なんかよりずっと無敵でしょ。でもね、今はああして這いつくばってるの。神様になってでも、わたしのこと助けるとか言ってたのにね。馬鹿みたい」  画面の中では、派手に倒された福庭くんが必死に身体を起こそうとしていた。痛いだろうに。喧嘩だってしたことなさそうなのに。こっちを見て、ぐっと腕に力を入れて起き上がろうとしている。  やめて――やめてよ。確かにずっと、福庭くんのこと苦手だって思ってた。だけどこれは違う。こんなことしたくないの。こんなのは嫌なの。 『花、辛いな。苦しいな。でも大丈夫だ。己も、方丈の家の子も、おまえの友人も、あの害虫野郎も――みんなおまえを想って待っている。だから、落ち着け。帰ってこい」  家守の声がする。いつもより、優しい声だ。それを聞いて泣きたいのに、涙も出せない。  もうやめて。みんなを傷つけるのはやめて。身体を返して。 「……わたしね。ずっと思ってたの」  ぽつりと。画面を観ながら「わたし」が言った。画面の中で、身体がゆっくりと――家守に近づいていく。  家守が腕を広げる。小さい頃、抱きしめてくれたように。家守、家守。わたしは。 『……っ』  くぐもったうめき声が、聞こえて。家守の身体が、くの字に折れる。その背中からは、わたし(・・・)の腕が、生えていて。  目の前の「わたし」が、クスっと言う。 「ずっと、ずっと――家守のことなんて、大嫌いだった」
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

23人が本棚に入れています
本棚に追加