10-5 鬼ぃさん、さよなら

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10-5 鬼ぃさん、さよなら

 画面の中で崩れ落ちる家守を、わたしはただ茫然と見つめていた。  だって。家守が。  いつだって気づいたらそばにいてくれて。助けてくれる。支えてくれる家守が。まさか。 「――だいたいさぁ。わたしがこうなったのだって、家守のせいだし。そもそもうちに家守がいなければ、うちだって変なレッテル貼られないで済んだわけでしょう? ほんと、大嫌い」  心が折れるって、こういうことなんだろうか。  「わたし」の言葉にも、鼻につく笑い声にも、なにも感じない。あぁ、もう。駄目なんだなって。それだけを思う。 「それで良いんだよ、わたし。わたしを受け入れてくれて、ありがとう」  にこりと、「わたし」が嬉しそうに微笑んだ。 「だからもう、あんたは寝てて良いんだよ。そうすれば、傷つくことだってない。嫌なものから全部、守ってあげる」  そうか。「わたし」に任せれば、嫌なもの全部壊してくれて、わたしは楽になれるんだ。  そうだよね。だって――たぶん、「わたし」が言ったことは全部、きっとわたしが心の隅っこで本当に考えていたことで。ずっと見ないふりをしていたことばかりで、だからきっとこうして、今になって爆発しちゃったんだ。  自分勝手で、怒りっぽくて、汚いわたし。でもこれが、本当のわたしだったって言うなら。わたしは――もう、どんな顔をしてみんなと会えば良いのか、分かんない。 『花ちゃん!』  福庭くんの声が聞こえる。むせながら、それでもようやく身体を起こして、こちらに呼びかけてくる。 『負けんな花ちゃんッ! 祈れッ、元に戻りたいって想え!』 「なに言ってるのこいつ。ほんと、馬鹿だよねぇ」  画面を指さして、クスクス「わたし」がこちらに向かって言う。ほんと、馬鹿みたい――今更、祈ったり想ったりが、なにになるって言うの?  でも、福庭くんはやめない。画面越しに――福庭くんと目が合ったような、気がする。 『祈りも想いも、それは力じゃっ! 人を動かす確かな力じゃけぇ――だから人間は、大昔から神様に祈りを捧げてきた! 目の前のなにかを変えたくて、手を合わせて願ってきたんじゃっ!』  パンっパンッと。福庭くんが思い切り両手を合わせる。柏手を打つように。神社に向かって、そうするように。 『約束したじゃろ、俺は花ちゃんのためなら神様になるゆうて。じゃけぇ、俺に祈れ、願えッ! いつもの花ちゃんに戻りたいって、そう強く――!』  バンッ、と福庭くんがまた弾き飛ばされる。今度はゲホッとその場に吐きながら、福庭くんはそれでも両手を合わせ続けていた。 『花……ちゃぁん……ッ』  ――福庭くん。なんで。なんでそんなに。 「馬鹿みたい。みたいって言うか、ほんと馬鹿だわ。結局、なにもできないくせに」  つんと、「わたし」が吐き捨てる。映像の中では、震えて抱き合っていたミサちゃんとマチコが顔を見合わせて、それぞれ手を合わせだした。 『花……』 『花たん、戻ってきてよぉ』 「馬鹿だなぁ、マチコも。戻ってきてもなにも、わたしはわたしなのに」  呆れたように、そう言う「わたし」に。 「なんで……」  微かに出た声に。「わたし」がびくりとこちらを見る。 「なんで、あんな震える声で祈ってる友達を……馬鹿にできるの……?」  ぐっ、と。身体に力を入れる。重たい腕がぎこちなく、ゆっくりと、ゆっくりと動き出す。 「なんで……なんで動ける⁉」 「福庭くんが、言ったでしょ……? 願ったり、想ったり。そういうのはねぇ……人を動かす、一番の力になるんだッ」  ぐぐっと足に力を込める。踏ん張って立ち上がると、ようやく、自分が自分になったような気がした。――それにはまだ、気が早いけれど。 「往生際が悪いなぁッ! さっさと認めろよ、わたしは所詮、こんなヤツなんだよッ」 「認めるよ! 認めるけどさぁ、きっとそういう嫌なこと、たくさん思ってきたんだって……認めるけどさっ! でもそんなの当たり前じゃん人間なんだから、裏表なんもないまっさらな心でいるなんて、そっちの方が無理でしょ⁉ 赤ちゃんじゃあるまいしっ」  それこそ小さい子みたいに、その場で地団駄を踏みながらわたしは「わたし」に怒鳴り返した。 「だからって、ちょっとでも嫌なことを考えたらそっちがほんとに『ほんとのわたし』なわけ? そうじゃなくない? いろんなことを感じながら、それでも自分で選び取った感情だったり言葉だったり、行動だったり――それこそがほんとのわたしに決まってるじゃない! 好きな色を使って好きな絵を描いた紙の裏側に、ちょこちょこついた汚れを指して『あなたが本当に描きたかったのはこれでしょ?』なんていうヤツいたら、それこそ馬鹿みたいじゃないっ」 「そんなのは――詭弁って言うのッ」  言うなり、殴りかかってくる「わたし」の拳を避ける。殴り合いの喧嘩なんかしたことないけど、「わたし」の考えくらい自分で分かる。 「覚えてる? おじいちゃんが前に言っていたこと。怒るのが楽しくて怒ってる人が、世の中にはいるって。――あんたはそれじゃん」 「なにを」 「周りの人たちの、気になる部分ばっかり取り上げて。攻撃して。自分が上になったような気持ちになって。そんなの、一体なんになるの? ますます独りぼっちになるだけじゃない」 「違う――わたしは!」  「わたし」の拳を、手のひらで受け止める。ずいぶんと弱弱しくなった「わたし」は、こっちを睨みつけながら、それでもぶんぶんと手を振り上げ、叫んでいる。 「わたしは悪くない、悪いのはわたしじゃない! あんたなら分かるでしょ⁉ わたしは独りぼっちになんてなりたくないのに、わたしより恵まれたやつがみんな奪っていく。あんな家に生まれなかったら――こんな力なんてなかったら、わたしだってもっと!」 「分かるよ。でも――そんな気持ちに振り回されるよりも、わたしはもっと幸せでいたい」  「わたし」がぴたりと動きを止める。あんなに憎らしい顔をしていたのに、今にも泣きだしそうな目で、こっちを見ている。 「わたしは、傷つくのが嫌で。強くなりたくて……」 「そうだね。でも、本当に強い人は誰かを傷つけるんじゃなくて――大切な人のために動いたり、誰かのために祈ったりできる。そういう人なんじゃないかな――」  画面の向こうにいる人たちを想う。生まれる前からわたしの幸せを願い、そばにいてくれる家族を想う。 「嫌なことって、たくさんあるけどさ。でもわたしは……そういう人でいたいよ。そういう人たちに胸をはれるわたしを、選びたい」  気がつけば――「わたし」は小さく、小さくなっていて。赤ん坊みたいにおぎゃおぎゃと泣いていて。そんな「わたし」を拾い上げて、小さく呟く。 「さようなら」  風もないのに、「わたし」だったものは桜吹雪となってはらはらと舞い上がった。  真っ赤な闇に、光が射した。
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