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2-1 鬼ぃさん、異常事態です
次の日。ジャージで登校したわたしは、教室の前で唾を飲み込んだ。
前日、家でうだうだと過ごしていたわたしの元に、学校に起きっぱなしだった荷物を届けに来てくれたのはミサちゃんだった。
「スマホまで置いて、いきなり帰るなんて。よほど具合悪かったの?」
玄関先でそう、心配そうな顔をするミサちゃんは、わたしが「化け物」だという話が出たことなんて露ほども感じさせず。答えるのに躊躇しているうちに、「福庭くんが」と切り出してきた。
「心配していたわ。すごく。私が荷物を持ってくって分かったら、自分が無理させちゃったんじゃないかって気にしてて……ごめん、って伝えてって、言ってたわよ」
「へー……」
あながちハズレでもないので、他にどう反応したら良いか分からない。ただそれは、ミサちゃんにとっては少し、不満だったらしい。整った顔の小さな鼻の頭に、小さくシワが寄る。
「どうしたの。なにかあったの?」
「あ、ううん。そうじゃなくて……えっと。ほら、学校でも話したじゃん。わたし、あんまりあの人、得意じゃないってゆーか」
ミサちゃんには、あのときの福庭くんとのことを言おうかとも迷ったけれど、どうやら福庭くんはわたしが「バケモン」になったことを内緒にしてくれてるみたいなので、話すべきかちょっと迷う。なにしろ、ミサちゃんはわたしの鬼の力の被害者だったわけだし。きっと、話を聞いたところでいい気分はしないだろう。
だけど、ミサちゃんの表情は変わらなかった。むしろ、眉までキュッと寄った気がする。
「まだそんなこと言っているの? 花が気にするようなことじゃないって」
「いや、まぁそうなんだけど」
いろいろ隠したまま話すとなると、どうしたって歯切れが悪くなってしまい、言葉に詰まる。どうしよう、ミサちゃんを怒らせたいわけじゃないのに。良い言い訳が思いつかない。
「……もう良い」
すっと引いたのは、ミサちゃんだった。持ってきてくれた荷物をわたしに突き出すと、「ありがとう」と受け取るや否や「帰るわ」と回れ右した。
「え。上がってかないの? えっと、せっかく来てくれたのに……ミサちゃん、うちに来るの久しぶりじゃん」
「花、具合悪いんでしょう。それとも、違うの?」
責めるような口調で言われると、また言葉が出てこなくなってしまい。そうするうちに、玄関の扉は閉まってしまったのだった。
(……ミサちゃん、まだ怒ってないと良いけれど)
福庭くんが昨日のことをみんなに喋ってないとなれば、気になるのはどうしたってそっちだった。ミサちゃんとは、中学生のときの一件以来ほとんど喧嘩したことがないけれど、怒らせるとなかなか厄介なのだ。
「……おはよー」
そっと教室に入り席に着くと、真っ先に「おはよ!」と声をかけてきてくれたのはマチコだった。
「どうしたん昨日はー! もう大丈夫なん?」
「う、うん。大丈夫……」
マチコはいつもと変わらない。ほっとして、ちょっとだけ力を抜いた途端。
「福庭のヤツがさぁ、めちゃくちゃおもろかったんだよー。花たんが具合悪くなったの、自分の顔なんかじっくり見たせいだなんてへこみ始めてさぁ。いやそれは違うだろ、ってみんな笑っちゃって。一部の女子なんか、むしろ眼福だから! とか言い始めちゃって」
「へ、へぇ」
--違わない、のだけれど。
なんとなく、胃がぐるっとする。マチコはまだ楽しそうにぺらぺら喋っていた。
「やっぱり責任感じるとか言って、花たんの荷物持ってこうとしたり、ミサぴょんが持ってくことになったらお見舞いについていきたいとか言い出してさー。またみんなから、どんだけ必死なんだよって突っ込まれて、また落ち込んでさ。ズレてるよねー」
マチコの明るい声のトーンとは裏腹に。それを聞いているわたしは、思わずぞっとした。
--そんなに、うちに来ようとしてたなんて。一体、どうするつもりだったんだろう。
それに、どうしても違和感が拭えない。昨日、あんなに福庭くんを苦手って言っていたマチコが、こんなに楽しそうに福庭くんのことを話して。
マチコはふだんから明るくて元気でちょっとおバカだけれど、それはあくまで気を許せる仲間内での話だ。
「……マチコ、福庭くんと仲良くなったの?」
「ええっ?」
マチコは大袈裟に驚いてみせると、「やだなぁ」と笑った。
「仲良くなったってホドじゃないけどさー。案外、話が分かるヤツってゆーの?」
「……デモ滅で話でも合ったの?」
「よく分かったね花たん! いや、最初はどーせ流行りモンを追いかけてるだけなんかなと思ったんだけどさぁ、案外考察が深くて、こりゃかなり原作読み込んでますなって感じで」
「はぁ……」
その感覚は、正直よく分かんないけど。「キャラの解釈とか話が合ってさぁ」と楽しそうなマチコの気を削ぐのも悪くて、そこまで口に出すことはできない。
「それに、花たんのこともほんとに心配してるみたいだったしさぁ。悪いヤツじゃないよ、ホント」
「--」
それは、マチコが真面目に話しているときのトーンで。
いくら好きな漫画の話が合ったからって、一日でそんなに変わるものなのか。
「おはよう」
ガラッと入ってきたのは、正しく福庭くんで。それを見た途端、マチコの顔がパッと明るくなる。
そしてそれは、マチコだけじゃなくて。
「おはよ、晴美くん」
「はよっ、福庭ー」
「ハルミンおはよーっ」
クラスメイトたちが次々と、男女問わず楽しげに声をかけていく。それは、昨日来たばかりのクラスメイトへの興味と言うよりも、もっと親しげなもので。福庭くんも、それに一つ一つ、笑いながら答えていく。
「おはよっ、福庭っち!」
「マチコおはよ。今日は俺も、例の買ぉてきたんじゃけど。しかも三個」
「ふふん、アタシだってお昼用に四個買って来たもんねー」
「マジか。食いきれんのソレ」
「もちろんしっかりいただきますとも! おまけ欲しさにパンだけ無駄にするなんてことしたら、デモ滅クラスターの評判にかかわるからねっ」
マチコの言葉にけらけらとひとしきり笑ったかと思うと、福庭くんの目がちらっとこちらを見た。わたしも、グッと手を握ってそれを見返す。
「おはよ、山月さん。具合は?」
「……おかげさまで」
肌全体が、ピリピリと痺れる感じがする。でも、それを表に出さないようにしないと。昨日みたいになってはいけない。
見つめ合うわたしたちの横を、スタスタとミサちゃんが通り過ぎていった。
「あ……ミサちゃんっ」
さっさと福庭くんから目をそらし、優先順位のはるかに高いミサちやんへと声をかける。
「ミサちゃんおはよ! あの……」
「--おはよう」
それ以上、なにも言わせないというようなガンとした口調で、ミサちゃんは挨拶だけすると、すっと視線を自分の席へと向けた。
「なになに花たん……ミサぴょんとなんかあったの?」
「ううぅ……ちょっと、怒らせちゃったみたいで……いや、わたしが悪いんだけど」
うじうじ呟くわたしに、マチコは「ふーん」と頭を掻き。
「ミサぴょん、昨日、花たんのことすんごい心配してたよ? 何があったのかは知らないけどさー。謝りたいなら、早めのがイイんじゃない?」
「……わたしもそう思う」
ただ、このままだとまた話をしたところで、昨日の二の舞だ。
ギッと後ろを振り返ると、目が合った福庭くんがニッと笑って手を振ってきた。その手が、ちょんちょんとわたしの机を指差す。
「……?」
見ると、机の中に小さなメモ紙が入っていた。
(いつの間に……)
くしゃっと広げると、意外に綺麗な字で簡潔に、用件が書かれている。
--放課後、屋上で。
隅っこには、小さく「福庭」のサイン。
--そうだ。ミサちゃんを怒らせちゃったのは、わたしがもちろん悪いのだけれど。でもその原因の一つは、こいつだ。
(なんのつもりか知らないけど。さっさと決着つけてやる)
わけが分からず不思議そうな顔をしているマチコを尻目に、ぐちゃりとメモを握り潰し。わたしは一人、ひそかに闘志を燃やすのだった。
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