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2-3 鬼ぃさん、異類婚姻譚ってなんですか?
福庭くんの言葉を理解するには、少し時間がかかった。
人間のお父さんと、山神のお母さん。
「山神、って」
「そのまんま。山の神、ってこと。親父が昔、山登りしてて遭難しかけてなぁ。まぁ、その山の御神体なお母さんの仕業じゃったとかで。なんでも、親父に一目惚れしたとかで、山から出したくなかったんじゃと。結局、なんだかんだあって、俺が生まれたらしいんじゃけど」
「そのなんだかんだが気になるけど……」
妖怪は、これまでも見たり会ったりしてきたけれど。神様っていうのは、実は初めてだ。しかも、人間と結婚した神様なんて。
「そんな、珍しい話でもないらしいけどな。異類婚姻譚言うて、神話とかにもそういう話は出てくるけぇ」
「へぇ……詳しいね」
「まぁ、自分の親のことじゃけ」
ちょっと恥ずかしそうに笑う福庭くんの顔は、なんと言うか、クラスの他の男子たちと変わらなくて。
「つまり……じゃあ、福庭くんは、人間と神様のハーフ、ってこと?」
「ハーフより、ダブルのがえぇなぁ。俺は、親父の良いとこもお母さんの良いとこも、両方受け継いどんのじゃ」
そう言いながらも頷く福庭くんをじっと見つめ、わたしはうーんと唸った。
福庭くんからは、今も怖いくらいにびしばしと圧を感じる。福庭くんの様子からするとこれはきっと、わざとじゃなくて、生まれながらのものなんだろう。
そしてこれはきっと--福庭くんのお母さんである、神様の力。
神様の力だって言うなら--鬼の力と正逆だ、っていうのも、理解できる。
「だから……わたしの中の鬼の力が、福庭くんの力を嫌がって……反発して、昨日みたいなことになったんだ」
理解すれば、シンプルな話だ。
「もしかして、福庭くんが遅れて登校するようになったのも、そういう関係なの?」
「あぁ。お母さんが、俺が遠くに行くのを嫌がってのう。出発の挨拶に行ったら、山から一ヶ月近く出してもらえんかった」
そう、けらけらと笑っているけれど。それは……かなり、大変だったのでは。
「でも、やっぱりこっち来て良かったわ」
カラっと晴れ晴れした笑顔で、福庭くんがこちらを見ながら言う。
「俺は別に、こういうことそんな隠さんタイプじゃったし、周りの仲良いやつらも普通に聞いてくれてはおったけど。それはそれとして、悩むこともそれなりにあったけぇ。--同じ立場の山月さんと会えて、ラッキーじゃ」
「そ……それほどでも……」
すごくきらきらした視線を向けられて--同時に、また昨日のようにならないようさっと目をそらしながら、もごもごと返事をする。
言えない……めちゃくちゃ敵対心をもって、ここでどうにか決着をつけてやろうと思ってたなんて……言えない。
「それで」
と。福庭くんは軽い調子で続けてきた。
「山月さん家は、どっちが人間でどっちが鬼なんじゃ?」
「……」
言われた意味が分からず。たっぷり数秒経ってから、「え?」という音がわたしの口からこぼれた。
「どっちがって……え?」
「親。どっちかが、鬼なんじゃろう?」
疑いなくそう訊ねてくる福庭くんに、ちょっと悪いことしたなと思って頭を掻く。勘違い、させちゃったみたいだ。
「うちはね。両親共、人間だよ。家守っていう、鬼が一緒に住んではいるけど」
「え?」
今度は、福庭くんがキョトンとする番だった。
「親が、鬼なわけじゃ……ない?」
「うん。だから、福庭くんとはちょっと、事情が違うけど……あ、でも。気持ちとか事情はね、なんとなく分かるって言うか……」
ガッカリさせないように重ねたわたしの言葉を、福庭くんはちっとも聞いていないようだった。珍しく、難しい顔をしてうつ向いていたかと思うと、こちらを見つめて首を傾げる。
「……親が鬼ってわけじゃないのに、山月さんはどうして鬼の力をもっとるんじゃ?」
「それは」
答えようとして、でも、言葉が出ない。だって、わたしは知らないから。家守が、教えてくれないから。
--すまない。
「山月さん」
真面目な顔のまま、福庭くんが続ける。またあの、吸い込まれてしまいそうな目で、じっとこちらを見つめながら。
「山月さんのご両親、本当のご両親なん?」
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