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1-1 豆まきをしない我が家
うちはお寺で、お父さんはいわゆる「お坊さん」だけど、クリスマスにはケーキを食べるし、その時期が近づくと本堂をイルミネーションで飾りつけるものだから、夜にカップルが肝試しを兼ねて来ることさえある。
そんな我が家だけれど、節分の豆まきはやらない。
なので、わたしが初めて豆まきをしたのは、幼稚園でのことだ。赤ら顔のおかしなお面をした園長先生を「鬼」って呼ぶのも意味分からなかったし、なによりそれに「鬼は外!」ってみんなが豆を投げつけるのが怖くて、泣いてしまった覚えがある。
「おにはそとなんて、だめだよそんなの。かわいそうだよ」
そう、わんわん泣きわめいていると、優しい先生が「じゃあ花ちゃんは、投げなくて大丈夫だよ。あとでみんなで、お豆さん食べようね」と言ってくれたけれど。慣れない煎り豆はうっかり気管に入りかけて、むせこんだわたしは、その場で朝ごはんまで吐いてしまった。本当に、ろくな思い出じゃない。
感染症の流行る季節にうっかり吐いたガキんちょは、早々に帰されることになって。向かえにきてくれたのは、当時から一緒に住んでいる家守だった。大きな背中に負われながら、「おまめきらい」「せつぶんきらい」とぐずぐず言ってたっけ。
「花は、おまめなげなかったから。家守、おそとなんていかないで。どこにもいかないでね」
--あれから、十数年。
豆まきを怖がり泣いていたガキんちょは、すっかり高校生になりまして。
相変わらず、豆まきをしない我が家には、お母さんとお父さん、それからおじいちゃんに、大学生のお兄ちゃんと小学生の弟とわたし。それから--家守がいて。
「幸子さん、幸子さん。今日の味噌汁も最高だな。大葉の天ぷらが入ってるのがまた、こくを出していて」
朝ごはんの汁椀を持ちながら、家守がしみじみと言う。肩まで伸ばした白髪(本人は銀髪だって言い張ってるけど)が何故か妙に似合っている整った顔立ちで、見た目だけならお兄ちゃんとそう変わらない年齢に見えるけれど--それが外見詐欺だということは、ここにいる誰もが知っている。
「あらそぉ? 昨日の晩ご飯の残りを適当に突っ込んじゃっただけだけど。気に入ってもらえたなら良かったわぁ」
のほほんとした声で答えるのは、お母さんだ。四十代にしては可愛い系の顔立ちで、何故わたしはお母さんに似なかったんだろうと、ふと思う度にちょっとへこむ。せめて、ぱちりとた二重だけでも受け継いでおきたかった。
わたしの向かいに座ってるお兄ちゃんは、我関せずという顔で、黙々と焼き鮭を解している。その隣では、お父さんがぷるぷると肩を震わせていた。
そろそろかな、と。その姿を見てわたしは味噌汁を飲み干した。隣でのろのろと食べている弟に、さっさと食べるよう促す。
家守はわたしたちの様子なんてこれっぽっちも眼中にないまま、滔々と続ける。
「己は幸子さんの作った味噌汁を毎日食べられることだけでも、幸せなんだがな。いやほんと、良い嫁をもらったと思うよ」
しみじみとした口調で言いながら、お母さんに手を伸ばそうとする家守に。
「--良い嫁をもらったのは俺だぁぁっ! 毎朝毎朝、懲りもせずに人の嫁を口説こうとしやがってこの色ボケ馬鹿鬼がぁぁぁッ」
大声を上げたのは、お父さんだった。ダンッ! と勢いよくテーブルに手をつくものだから、食器ががちゃりと音を立てる。さっさと味噌汁を飲み干しておいて正解だった。
「食事中に大声を出すなんて無作法だぞ、虎太朗。全く、そんな子に育てた覚えはないぞ」
家守の台詞に、「うるせぇっ!」とお父さんが怒鳴り返す。
「てめぇに殺されかけた覚えはあっても、育ててもらった覚えはねぇよこのクソ鬼がっ!」
「なにを言うか。おまえのおしめを換えてやってたのは己だぞ。何度、文字通り尻拭いをしてやったものか」
「うるせぇ! そんなもん知るかっ」
自分だって、ふだんわたしたちに似たような小言を言うくせに。そんなことも忘れて、声を荒げながらお父さんが身をのりだす。--これで、外向きは穏やかで優しいお坊さんなんだから、大人って汚い。
そんなお父さんに、はぁとため息をつきながら、家守は首を横に振った。
「だいたい、いつも似たようなことで怒っているけどなぁ、虎太朗。いい加減、学んだらどうだ。--幸子さんは、それほどまでに魅力的な女性なのだと」
「っおまえがいい加減に学べやクソ鬼がぁぁッ!」
今にも取っ組み合いになりそうな二人など露程にも気にかけた様子もなく、「あらあら」とお母さんが、時計を見ながら間延びした声を上げた。
「三人とも、そろそろ時間じゃない? 学校遅れちゃうわよ」
「ん--ごちそうさまでした」
ちょうど食べ終えたわたしは、食器をさっさと台所へ片づける。そのまま、とうとう取っ組み合いを始めた二人の横をすり抜けると、玄関へと向かった。
「--花、気をつけて行けよ!」
そう、背中に声をかけてきたのは、お父さんにヘッドロックを極めている家守で。「ギブギブギブ!」と声を上げているお父さんのことなど無視して軽い笑顔を向けてくる家守に、ちょっとだけ手を振って応えて、わたしは玄関を出た。
我が山月家は、今時ちょっと珍しい七人家族だけれど。そのうちの一人は--鬼で。
それがうちで、豆まきをしない理由だ。
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