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続けざまにくしゃみが出る。
「寒っみ〜」
酔いは完全に醒め、身体はすっかり冷え切っていたが、コウさんは平気な顔をしている。
「こんな所でよく何時間も座ってられましたね」
「ん、空気より自分が冷えていれば大丈夫」
「なんだそれ。変温動物?冷血動物?」
思わず耳を引っ張ってみる。
「痛っ。何?」
「いや、なんとなく」
痛点はあるのか。こんな血の気のない顔色をして、何が大丈夫なんだか、何を考えていたんだか、つくづく捉え処のない人だと思う。
「そうだ。封筒忘れて行った」
「ああ、そうでした」
「今から来る?」
「…行きます」
もう此処には来ないと思っていた。
近所のバツの悪さはあったけど、簡単に切れてしまうくらいの繋がりだと。
それより、3000部を片付けることが先決だった。
部屋は2週間前と同じに見えた。
台車に段ボールが一箱積まれている。
やはり、差し替えしたのか。
つい目を止めた俺に
「差し替えはしてないよ。全部持って行かれちゃったし、1000追加しただけ。竜崎さんも100じゃ足りないって言ってたし」
「そうでしたか。すみませんでした」
「イラストも可愛いし、商売繁盛で縁起いいって、気に入ってたよ」
「良かったです…俺…」
あの時の光景が浮かんで、言葉に詰まる。俺だって全く傷つかなかった訳ではないけど、何処で地雷を踏むか、よく考えてみれば、コウさんのことは余り知らない。名前さえ知らなかった。
今更気づく。
ただなんとなく、こんな感じの人という輪郭を描いていたことに。
温かなコーヒーの香りがした。
「座れば?一人で勝手に始めて、500くらいのつもりが500も1000も大して変わらないって言われて、それなのに、いつの間にか、シュウに甘えていたんだな。甘えてるくせに、追い詰めて、自分の首締めて、結局はまた一人になって…学習しないな」
「俺は…別に…」
「頼りにしてるよ。頼りないけど」
「えっ、なんか上げたり下げたり」
マグカップで掌を温めるようにして笑った。
笑った顔を久しぶりに見た気がした。
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