哭き龍

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コウさんは始終ご機嫌な様子だった。 数多の不思議を携えて、初めて龍谷寺を訪れた時の話。 朔薇さんとの出会い。 どうしようもなく何もかも放り出したくなって中二の夏。同い年とは思えないほど彼は大人びて見えた話。 龍の髭で編んだ揺り籠の話。 珍しく饒舌に話しをしていた。 何か、初対面の人に自己紹介をするかのようにも思えた。 美味しい食事とコウさんのお喋りをご馳走になり、帰路につく。 海岸線も終わる辺りまで来ると、急に車を停めた。 「ごめん、凄く眠い」 「あー、すみません。俺代わります」 「うん、なんだ、睡魔が降りて来た。喋り過ぎ…」 車を降りると、直ぐに冷たい空気に攫われそうになる。 横たわる海は見えないけれど、打ち寄せる波の音が間近に響いて聞こえる。 「あ、寒っ。…見えないけど、海だね…見えてるつもりで見えてないことが多いな。僕は…」 俺に話し掛けているようで、独り言のように言うと、もう一度寒いっと急いで助手席に滑り込んだ。 「運転宜しく」とシートを倒すと直ぐに目を閉じた。 思えば長い一日。 殆ど眠っていないだろう。 日付が変わる数時間前から寒い公園で俺を待ち、土蔵を開けさせて、数多の不思議の話をさせ、俺が眠り込んだ間に新年を迎え、保志乃合神社へ詣で、その先に此処まで案内してくれた。 長く濃密な一日。 両腕を抱えて眠る横顔に、コウさんとの出会いが今日からまた新しく始まったような気がした。
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