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それから三度目の冬が訪れた。
ベルガ家の入り婿が、妻の殺害を企てた……少々刺激の強過ぎるこの話は、未だに人々の語り草となっている。憎き入り婿アントンが、正体不明の獣に嬲り殺されたというのが、話のオチとして特に好まれていた。
様々な憶測の飛び交う中、当のメラニーは憔悴した様子もなく、ベルガ家の新当主としてやるべきことをこなした。買収された憲兵の処分、北山の山道の整備。特に心血を注いだのは、孤児たちのための福祉だ。衣食住の保障に、労働環境の整備。
そしてついに、街に石造りの学舎が建った日、メラニーはレオと共に北山へ向かった。
レオもメラニーも、あの夜の出来事を話そうとはしなかった。話してしまえば、「あれは幻だった」という結論に辿り着いてしまうような気がした。沈黙だけが、あの不思議な足跡の真実を守る砦だった。
今年の冬は雪が少なく、砂糖を振ったような淡い白が風景を滲ませている。山道から逸れた藪の中、ひっそりと立つ小さな墓碑も、わずかな雪化粧をまとっていた。三年前この場所で、冷たくなったハンスが発見されたのだ。
メラニーは墓前に跪き、質素な花束と干しぶどうを備えた。
「ハンス。私、とうとう夢を叶えたのよ」
墓碑を撫でながら、地中に眠るハンスに語りかける。
「街に学校を作ったの。親がいなくてもお金がなくても、どんな子供でも学べる場所よ」
そっと目を閉じると、幼い頃から焼き付いて離れない光が瞼に閃いた。富に溢れた彼女の人生において、なお目を背けられないほど美しい光。フリッツ、ハンス、無垢だった自分。等しく笑い合い、夢を語り合った日々。
メラニーの心を燃やし続けた光は今、街に小さな明かりを灯した。それはまだ、蝋燭の火よりも頼りない。しかしやがて燃え上がる暖炉の炎となり、この街を温めていくだろう。
「だけどさ」
吹き溜まりの雪を蹴りながら、口を尖らせたレオが言った。
「折角の学校の名前が『スタヴィエ』だなんて、格好悪いや。皆に馬鹿にされちゃうよ」
当然の不満に、メラニーは「そうね、でも」と答える。
「いつかきっと『スタヴィエの子供』と言ったら、勤勉で聡明な子供を指すようになるわ。そうしたらもう誰も、あなたたちを馬鹿になんてしなくなる……」
最後は呟くように言葉を溢して、メラニーはハンスの墓に視線を落とした。墓碑にかかる雪を払いながら、おや、と手を止める。土を覆う雪化粧が、わずかに剥がれている場所がある。「あっ」とレオが声を上げた。
「また、あの動物の足跡だ。干しぶどうをお供えしたら、必ず食べに来るんだよ。キツネかなあ。一度も姿を見たことはないけど……」
レオの言う通り、それは小さな獣の足跡だった。森と墓とを頻繁に行き来しているのか、そこには獣道が出来つつある。
「さあ……どんな生き物かしらね」
枝に積もった粉雪が、風もないのにさらさらと舞い落ちた。霜柱を踏みしめるような微かな音が、澄んだ冬の空気に溶けていった。
<完>
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