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メラニー・ベルガはベルガ家の一人娘で、つい最近結婚したばかりだ。
大病を患っていた故ベルガ前当主は、死ぬ前に娘の花嫁姿をひとめ見たいと、入り婿を迎えた。婚儀はたいそう華やかで、ハンスたち馬小屋出身の者たちにも祝い菓子が振る舞われた。
――人は誰でも秘密を持つ。誰にも話したことはなく、これからも話すつもりはないが、メラニーとハンスは、かつて共に笑い同じ時を過ごす仲だった。
ハンスがまだ馬小屋で寝起きしていた青年時代、ヨハンナという気の弱そうな従者を連れ、メラニーはしょっちゅう馬小屋を訪れた。
ハンスもフリッツも、一回り歳下の彼女を妹のように可愛がった。今になって思えば、置かれた環境があまりに違いすぎたせいで、妬む気すら起こらなかったのだろう。メラニーと話している間だけは、暗い現実から目を反らし、好きな事ややりたい事を自由に話すことができた。
しかしそれも、たった数年間の話だ。住む世界が違うことを理解したのか、彼女は馬小屋を訪れなくなった。今はもう、顔を合わせることすらない。
「お前、それは素晴らしく名誉なことだよ」
ハンスが言うと、レオは誇らしげに胸を反らした。
「明日からお屋敷に行くんだ。沢山稼げるようになったら、熱いスープを毎日ハンスに買ってあげる。干しぶどうもいっぱい食べられるよ」
声を弾ませるレオに親友の面影が重なり、ハンスは乾いた目を何度か瞬かせた。
「こっちへおいで」
手招きをすれば素直に寄ってくる子供の頭を、指の足りない硬い手で、慈しむように何度も撫でる。
「馬小屋の子供は馬の糞から産まれたなんて嘘だよ。俺はきっと、ハンスから産まれたんだ」
撫でられながら、レオが呟いた。
「男は子供を産めないだろう」
ハンスが言うと、レオはハンスの胸に顔を埋めたまま、おかしそうに笑った。
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