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「何!今度は何?!」
数十秒の沈黙の後、志貴君は私の手を掴んで柔らかに微笑んだ。この状況でよく笑えるなと怒りが湧き上がる寸前、志貴君の顔が私の耳元に近付けられる。息がまともに耳朶にかかって体が跳ねた。
『おどろかしてごめんなさい、お部屋がきれいになったからうれしくって、たくさん歩いちゃったんだ』
囁かれたのは私の知る志貴君の声ではなかった。もっと幼い、男の子と女の子が同時に喋る高い声。
「…かなり前に住んでた子達みたいだね。あとこの部屋に誰かが入るの、何十年ぶりかみたいだよ。不動産会社の人何か言ってなかった?」
私は早口のキツネ顔を思い出して首を振る。一言も言っていない、むしろ早くしないと埋まってしまうと急かされたくらいだ。
「そんなぁ…私どうすれば良いの?」
「うーん、さっきも言ったけどさ。全然悪い感じしないんだよ。むしろ久瀬がいてくれる方がこの子達にとっては良いかも。地縛霊っぽいから環境良い方が成仏出来るかもしれないし」
「志貴君のお墨付きなら大丈夫でしょ!見えないけどシェアハウスしてると思えば」
楽観的すぎる恭子の言葉に私は鋭い眼光を送る。しかし恭子はそれを近場の座布団でうまく防いだ。
「心配なら俺がちょくちょく様子見に来るよ。でも、さっきの声聞いたならなんとなく分かるだろ?」
言われて私は力なく頷く。確かに、怖くはなかった。悪意があるようには、思えなかった。
「〜もう、分かったよ!志貴君、責任持って経過観察してよね!」
志貴君は了解とくすりと笑う。さっきから騒つく胸の音は怖さの他にもう一つが混ざり合って紛らわしいし忙しない。
『おねえさん、ありがとう』
「いえいえ!きっと君達のお陰で家賃も安いんだろうから!でも怖がらせるのだけはやめてよね!」
「あれ、久瀬も聞こえたの?」
志貴君は私のお腹の辺りを見て君達すごいねと更に微笑む。
「…嘘でしょ」
「特殊能力ゲットじゃん!すご!」
「うるさい!他人事だと思って!」
恭子の頭を今度は遠慮なく座布団で叩く。
それに合わせて聞こえる笑い声は志貴君のもの以外にも。
磨りガラス越しには、いつもと変わらないあたたかな日の光が差し込んでいる。
どうやら私の新生活は、予期せぬ同居人と共に始まっていたようだ。
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