彼女は

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 入口に漂う重たく熱を帯びた空気が、清潔な香りに満ちた店内へと誘う。黄色の背景に赤字で安っぽく書かれた看板の文字を見上げると、その先には春のどんよりとした曇り空が横たわっていた。  コインランドリーに来るのは、今日が三回目。  施設を出て一人暮らしを始めた頃から使っている縦式の洗濯機が、うんともすんとも言わなくなったのが一週間前の水曜だった。悲鳴にも似た稼働音を何度か耳にするたび、そろそろかと思ってはいたが、いざとなるとまだ行けるんじゃないかと期待してしまう。まるで機嫌を損ねた子どもをあやすように「おーい」と声をかけてみるが、もちろん返答はない。  長年頑張ってくれたそれを責める気持ちにもなれず、諦めてなくなく近くの、このコインランドリーにお世話になることになった。
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