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雪玉の応酬。中学生らしからぬ子供じみた雪合戦。バカにしていた男子みたいにはしゃいで声を上げる。雪の冷たさにかじかんだ手も、服の中に雪が入り込むのも、溶けた雪でびしょびしょに濡れた靴下も気にならない。楽しい。楽しい。
生まれてから数回しか触れたことのない雪に、浮かされていたのかもしれない。降り積もる雪に、私の中の恥じらいも覆い隠されたのかもしれない。
ただ、楽しくて仕方がなかった。
♯♯♯
「おーい。そこの二人も、もう暗くなるから帰りなさい。風邪ひくぞー」
遠くから、担任の男性の下校を促す声が聞こえた。その声で、私は夢から覚めた時のように我に返った。
気がつくと日は暮れかけていて、辺りは暗がり。雪と戯れていた他の生徒たちも、もう殆ど帰ってしまったようだ。
時間すら忘れるくらいにはしゃぐなんて。子供じゃあるまいし。と私は自身に対して呆れた。
急に感覚が戻ってきたように、指先が雪の冷たさに痛みだす。服のいろいろな隙間に雪が入り込み、全身が濡れて寒い。小刻みな震えが止まらない。靴も履いている意味があるのか分からないくらいに溶けた雪に侵食されている。
ふと、担任の教師の言葉に違和感を覚えた。
――ふたり?
暗くなっているために、担任の教師が誰かを見落としたのだろうか? 隣には私と同じように全身に雪を被ってびしょ濡れな佑花が立っている。普段の物静かな彼女からは想像出来ないくらいに、腕白な格好。
振り返ってもう一人の彼女を探す。けれど、姿が見えない。ふざけて隠れているのか。
「ねえ、出てきなさいって。し……」
彼女の名前を呼ぼうとして、私の口は止まってしまった。驚いてそこから先が口から出てこなかった。心臓が大きく脈打つ。
元から私と佑花の二人だった? そんなはずはない。私たちは二人だけで雪合戦をするような関係じゃない。二人ともそんなアクティブな性格をしていない。
どうして気が付かなかったんだろう。
クラスメイトに彼女みたいな子は居ない。あんなに目立つ子がクラスメイトなら、忘れるはずがない。
彼女の名前が思い出せない。先程まで確かにそこに居て、呼んでいたはずの彼女の名前が出てこない。喉のあたりまでは出てきているのに、もう少しが思い出せなくてもどかしい。
活発でふざけた態度の女の子だったのは思い出せる。丸っこくて可愛らしい顔だったはずだ。顔の雰囲気は思い出せるけれど、目の形や額の広さと言ったディテールは思い出せない。なんだか白っぽい服装をしていた気がする。
彼女について思い出そうとすると、急に目の前が雪で覆われたように見えなくなって、彼女の姿を探せなくなってしまう。
自分だけに起きている症状なのかもしれないと、佑花に確認しようとする。しかし、振り向いた佑花もまた同じように驚いたのだろう。目をまんまるにパチクリとさせ、ぽかりと口を開けていた。間抜けな表情。私もきっと同じような顔をしているんだろう。
「早く帰りなさい。って、どうしたんだ二人とも。宇宙人でも見たような顔をして」
いつの間にか隣に来ていた担任の教師に声をかけられる。驚いたままの私たちは反応が遅れた。
「え、ええっと……」
先程まで居たはずの彼女のことを説明しようとして、私は口を噤んだ。どう説明すればいい?
クラスメイトを名乗る変な女子と遊んでいたのに、急に姿を消した上に名前も姿形も思い出せないんです。ふざけているとしか思われないだろう。
全校生徒の顔と名前なんて知るはずもないので、もしかしたら彼女はこの学校に在籍している別のクラス、別の学年の女子という可能性も考えたが、二人揃ってど忘れするというのもおかしな話だ。
ふと、先程の佑花の言葉を思い出す。
悪戯好きの冬の妖精。ジャックフロスト。
彼女がそのジャックフロストだとしたら?
……それこそ信じてもらえるはずがない。
「か、帰ります。今帰ろうとしていたんです。ね、佑花」
「う、うん。そうだね」
担任の教師に怪しまれないよう気をつけながら、私たちは校門に向かって歩き出す。担任の教師は訝しげに私たちを見送った。
数歩歩いたところで、ふと背後から足音が聞こえた気がして振り返った。担任の教師のものにしては軽い足音。
先程まで私たちが立っていた辺りの雪に、足跡が幾つか増えていた。私のものでも、佑花のものでも、担任の教師のものでもない。始点と終点が分からない数歩の足跡。
「もう、悪戯好きのだからって、お別れくらい言いなさいよ」
私は誰にでもなく、叱るように言う。私の声は雪に吸い込まれるようにして消えた。
「どうしたの?」
「ううん。なんでもない」
不思議そうに首を傾げる佑花に、私は曖昧に笑った。
不意にびゅううっと強い風が吹いた。
『ふっふっふっ。またね』
風の音に混じって、聞き慣れた女の子の楽しそうな声が確かに聞こえた。
「……最後まで調子いいんだから」
「そうだね」
呆れる私の隣で、佑花は穏やかに微笑んだ。
寒がりの私は、冬が苦手だ。空気の冷たさに体中の筋肉が強張って話すのすら億劫になってしまう。雪だって嫌いだ。道路がどこにあるのかも分からずに歩き辛いし、服に入り込んで溶けた雪で足元はベチャベチャになってしまう。
それでも、悪戯好きの彼女に会えるのなら、冬もいいのかもしれないとほんの少しだけ思った。
「また、会えるかな?」
佑花はポツリと呟いた。
「会えるんじゃない?」
私は軽く答える。
「悪戯好きの彼女のことだから、もしかしたら明日にでもひょっこり顔を出すかもよ」
顔を見合わせてくすくす笑い、私たちは手を繋いで歩いた。
振り返ると、二人分の足跡が並んでいる。
またね、悪戯好きの妖精さん。
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