寒がり少女と冬の足跡

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 昨日から降り続いていた雪で、私の住む街は一面真っ白な世界へと変わっていた。校庭では男子たちが楽しそうにはしゃいで雪合戦をしている。子供みたいに、バカみたい。  雪がチラつくのすら年に数回、雪が積もるのなんて一年に一回有るか無いかなので、浮かれるのは理解できる。実際、朝目覚めて、窓の外に広がる一面の雪を目にしたとき、私の心も弾んだ。  けれど、そんな浮かれた気持ちは中学校に着く頃には萎んでいた。寒さで体中が強張って、話すのも億劫になる。雪で道路がどこにあるのかも分からずに歩き辛いし、服に入り込んで溶けた雪で足元はベチャベチャ。そもそも私は寒がりなのだ。 「ねえ、睦巳(むつみ)。そろそろ、帰らない?」 「んー……もうちょっとだけ」  焦れたように急かす友人の佑花(ゆうか)に対して、私は気怠げ返事をする。 「もう、早く帰らないと暗くなっちゃうよ。先生に怒られるかも」 「もう少し。もう少しで覚悟ができるからさ」 「覚悟って……」  放課後の教室に残っているのは私と佑花の二人だけだった。他のクラスメイトは授業が終わるなり、寒いからといそいそと帰ったり、雪合戦をする男子のように我先にと雪へ戯れに走っていった。暖房の効いた教室から出られない私と、それに付き合って一人で帰るタイミングを失った佑花だけが教室に残っている。  私だってこのまま教室に居続けるのは不可能で、いつかは帰らなければいけないのは分かっている。分かっているけど、人一倍寒いのが苦手な私はズルズルと動けないでいる。いっそ、お母さんが車で迎えに来てくれないだろうか。  窓際の自分の席に溶けるように突っ伏しながら、窓の外を眺める。どんよりとした鈍色の空からは、止めどなく雪の粒がいくつも降ってきている。天気予報では明日には晴れるらしいが、本当だろうか。  外ではしゃぐ男子たちの歓声が、少しずつ遠くなっていく。温かい教室の空気が心地よくて、眠気を誘う。更に帰るのが面倒になってきた。  帰らなくちゃ。でも、眠い……。 「凄いもの見つけちゃった!」  突然、勢いよく教室が開かれた音と教室中に響き渡る大声に、眠気は吹き飛ばされ、私は驚いて机に頭を打ちそうになった。佑花も驚いたらしく、後ろの席からはガタタと机を蹴る音が聞こえた。 「凄いもの見つけたんだよ。だから、ほら一緒に行こうっ」  私たちの驚きなんてお構いなしに、教室に飛び込んできた女子は息を切らしながら、私たちの腕を掴み引っ張っていこうとする。身体が冷え切っているのか、彼女の手はいやに冷たくて声を上げそうになった。  制服の上からフードの先だけ青色の、降り積もる雪みたいに真っ白なパーカーを着た女子。この中学校は派手な服装でない限りは、防寒着として制服の上にどんな服を着ても許されている。  外から急いで走ってきたのだろう、パーカーには雪が振り落とされずに積もったままになっていた。 「ち、ちょっと待って。というか、あんた誰なの?」  彼女の冷たい手を振り払って、私は反論する。  丸くて幼く見える顔の女子が、キョトンとした表情で私を見つめる。 「誰って、失礼だなあ。クラスメイトの白雪(しらゆき)ちゃんを忘れたの?」  人懐っこい笑顔で白雪と名乗った少女は答える。隣で佑花が私を見ながら、うんうんと頷いていた。 「……ああ、そうだった。白雪だ」  自分でもおかしなやり取りだと思った。半年以上同じ教室で過ごしているクラスメイトに対して誰だなんて尋ねるなんて。どうやら、眠気で私の思考は鈍っているらしい。 「で、その白雪ちゃんがどうしたの? 凄いものって何?」 「ふふん。それは、行ってからのお楽しみだよ」  得意げに鼻を鳴らし、白雪は再び私たちの腕を引っ張り外へと連れ出そうとする。 「ああ、もうっ。待ちなさいって。行く、行くから準備だけさせて」  防寒着も着ずに制服のままで外に出るなんて、丸腰で戦場に出ていくのと変わらない。きっと一歩外に出た途端に凍えて死んでしまうだろう。 「もう、仕方がないなあ。少しだけだよ?」  何故か白雪は呆れ気味にため息を吐いた。  私たちがおかしいのだろうか。 ♯♯♯ 「わあ」  昇降口を出ると、いつもおとなしく口数の少ない佑花が歓声を上げた。その気持ちは分からないでもない。外の空気の凍てつくような冷たさに震えて遅れてしまったが、私も真っ白な雪に見惚れていた。それほどにこの町では雪が降ることは珍しく、それが積もるなんて生まれてこの方、数回しか体験していないのだ。  誰かの騒がしい声に混じって、雪が降って落ちる音が聞こえる。 「まるで雪の世界に来たみたい。雪だるまの精霊さんは居るのかな?」 「えっ……どう、かな?」  夢見がちな佑花の発言に、私はあやふやな返事しかできなかった。佑花は良く言えばロマンチスト、悪く言えば夢見がちな女の子で、このような発言は珍しくない。
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