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服装だってそうだ。私の地味な焦げ茶色のダッフルコートに対して、佑花は淡いピンク色で、首元がモコモコしている可愛らしいコートを着ている。私が選ばない色。私には似合わないデザイン。
「ほら、こっちこっち」
言われるままに、私と佑花はついて行く。何度も踏み締められて茶色の地面が見えてしまっている場所ではなく、誰も歩いていない雪の積もった場所を選んで歩く。どうせ濡れるならベチョベチョにぬかるんだ地面より、新鮮な感触の雪の方がマシだ。
何を考えているのか、隣を歩く佑花は浮ついた顔でぼうっと足元を見つめて歩いている。そんなだから、足を滑らせてバランスを崩した佑花を、咄嗟に私が支えた。
「えへへ。ありがと」
「もう、気をつけなさい」
「だって、足が真っ白な雪に吸い込まれるのが楽しかったから。もしかして、雪の小人さんがイタズラしたのかも?」
佑花は照れながら微笑んだ。
私は佑花から離れると、雪の上ではなく茶色の地面が見えている場所を歩くことにした。雪の小人なんて存在するはずがないけれど、雪の中に得体の知れない小人が潜んでいるのかと想像すると、気味が悪くなった。それに、踏み潰してしまうのも可哀想だ。
白雪は人の多い校庭の中央ではなく、人の少ない端っこを歩いて行く。
中学生にもなって雪遊びに興じる人たち。手袋をしていても風に吹かれると、手がかじかんで痛いのに、その上、雪に手を突っ込むなんて冷たさで指先の感覚が麻痺してるんじゃなかろうか。
私は身体を縮こめて、手をコートのポケットに入れた。少しでも温まるように、ポケットの中で掌を握ったり開いたりと繰り返す。
「着いたよ!」
校庭の端で、白雪は大袈裟に手を振って嬉しそうに言う。けれど、私には彼女がわざわざ私たちを教室から連れ出してまで報告するような何かは見当たらない。強いてあげるなら、葉っぱが散って代わりに雪を纏った寒々しい木が立っているだけだ。
ちらりと佑花を見ると、曖昧な表情で小さく首を傾げていた。
「何が?」
暖かい場所から寒空の下に連れ出され、何も無い場所に連れて来られた私の言葉には少し苛立ちが混ざっていた。
「これだよっ」
白雪は地面を指さした。それに合わせて、私たちの視線も下に向かう。
真っ白な雪の上に、何の変哲もない足跡が三つついていた。珍しくもない、スニーカーらしき靴跡。
この辺りには誰も来ていないのか、周りには私たち以外の足跡はない。
「だから、これが、何?」
「もう、分からないかなあ?」
私が苛立ちながら返すと、白雪は不満げに唇を尖らせた。彼女が何に気がついて欲しいのか、なんと言って欲しいのか私には分からない。数時間、いや数分後には降った雪で覆われるか、溶けるかで無くなってしまうだけの足跡だろうに。
「……足跡、途切れてる」
佑花がぽつりと呟いた。
「それだよっ」
白雪は嬉しそうに佑花を指差す。
「それって、どれ?」
「これじゃあ、この人がどうやってここに来て、何処に言ったのか分からないね。ううん、もしかしたら、人ですらないのかも」
「そう、そうなんだよっ」
話についていけていない私を置いてけぼりに、佑花と白雪は意気投合して楽しそうに話す。少し、イラつく。
二人の話によれば、汚れ一つない新雪の真ん中にぽつんとある三つの足跡は、誰がどうやって作ったのか、その手段が気になるらしい。
「睦巳は鈍いなあ」
白雪は呆れながら言い、やれやれといったように大げさに肩を竦めた。挑発している。
「で、正体は何なのよ? 見当は付いてるの?」
「ふふん。それはね」
「それは?」
もったいぶって、白雪はたっぷりと間を開ける。私と佑花は固唾を呑んで彼女を見守る。
「ずばり、忍者だねっ」
「……は?」
突拍子もない答えに、私の口からは変な声が漏れていた。呆れて物が言えない。
「忍者だよ忍者。知らない? シノビ。くノ一。乱発。素破。草の者」
手裏剣を投げるジェスチャーや、手をよく分からない形に組んで忍術を使おうとするジェスチャーをしながら、白雪は得意げに忍者の別名を羅列する。現代に於いて忍者とやらが何故かこの学校に侵入し、間抜けにも三つ足跡を残して消えたということらしい。
私は大きくため息を吐いた。
「忍者ってね……。もう少しマシな答えは無いの? 現代日本の街中で忍者が歩いてるのを見たことある? 無いでしょ。リアリティが無い」
反論すると、白雪は不満げに頬を膨らませた。少し言い過ぎたかもしれないとは思った反面、先程までの鬱憤を晴らせてスッキリもした。
「そこまで言うのなら、睦巳はマシな答えを持ってるんだよね? 睦巳さんの名推理をお聞かせ願いますかあ?」
白雪は仕返しとばかりに挑発的に言う。
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