寒がり少女と冬の足跡

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 問われても、私は困ってしまう。何もない場所に突然現れた足跡に対してのリアリティのある答えなんて思いつかない。そんな私の心中を見透かしたように、白雪は「ほら」と言いたげににじり寄ってくる。私は一歩退いた。 「こ、これならどう?」  焦りつつ、私は数歩進んでから、その足跡をなぞるように数歩下がった。足跡を重ねて往復すれば、行きの分だけの足跡を残せると考えたのだ。しかし、私の思惑に反して出来上がった足跡は靴跡がずれて、全く同じ場所を踏むことも出来ていないために歪で不格好な楕円みたいだった。そもそも、この方法では足跡の開始地点が途中からなのも説明できない。  佑花は反応に困ったようにぎこちなく愛想笑いをしている。  白雪は何も言わず、意地悪くニヤニヤと笑みを浮かべながらこちらを見ている。 「じ、じゃあさ、先っぽに足型がついた長い棒でスタンプみたいにさ……」 「誰が? 何のために? 誰かが朝、雪が降ってるのに気づいてから態々へんてこな棒を作ったの? それこそリアリティに欠けるでしょ」  自分でも不可能な方法だと分かった。しかし、それを忍者がどうだと言っていた白雪に指摘されると腹が立ったし、おかしな事を口走った自分が恥ずかしい。 「むうう。なら佑花の推理はどう?」 「えっ……私? 私は……その……」  ふいに意見を求められて、佑花はオロオロと狼狽えた。元々、佑花は自分の意見を言うのが苦手なのに、急に話を振られて言葉の準備もできていないのだから当然だ。  意地悪だとは分かっていたが、白雪に反論の出来ない私は友人を道連れにしようと思った。酷い八つ当たりだ。  私と白雪の二人に注目されて、佑花は更に狼狽えて、落ち着き無く視線を動かし、いろいろな所に顔を向けた。佑花の困り顔を見ていると、私の嗜虐心が擽られて、なんだか楽しくなってきた。 「……妖精っ。ジャックフロストさん!」  佑花は絞り出すような声で言うと、恥ずかしそうに顔を伏せた。いつものロマンチストな発言だろうとは判断できたけれど、ジャックフロストという聞き覚えのない単語に私はぽかんとして何も言えなかった。 「え、えっとねジャックフロストっていうのは、イングランドに住んでる妖精さん。身体は雪と氷で出来てるから、冬の間だけ現れるんだって。悪戯好きでいつもより寒い冬はジャックフロストが悪さをしてるって言うらしいよ。でも、怒ったら人を氷に閉じ込めちゃうって話もあるの」  得意分野なので、佑花はいつもより饒舌に話す。話し終わると、佑花はまた恥ずかしそうに顔を伏せた。  確かに、私の住んでいる街に雪が降るなんて珍しいので、今年の冬は例年より寒いのだろう。だからといって、イングランド出身の妖精が態々来日してまで悪戯をしているとは考えないが。 「ふっふふ。良いね。悪戯好きの妖精。わたしは好きだよ。後半はいただけないけどさ」  妖精が存在しているかどうかは別にして、人間を氷漬けにするような妖精を好きになれないのには私も同意だ。 「で、真相はどれなのよ? 私たちを教室まで呼びに来たからには、見当は付いてるんでしょ? それとも、本当に忍者やら妖精の足跡だって言うわけ?」 「んー?」  私の言葉を聞いているのか聞いていないのか、白雪は私たちに背を向けてフラフラと数歩、歩いてしゃがみこんだ。  何をしているのかと近づくと、白雪はばっと勢いよく立ち上がり、 「どーでも良いじゃん。忍者でも悪戯好きの妖精でもさ」  言い終わるのが早いか、私に向かって雪玉を投げた。  不意打ちに反応できず、雪玉は私の顔の中心に当たった。 「ふぇっ」 「睦巳っ?」  私の口から間抜けな声が漏れたのと同時に、驚いた佑花が私の名前を呼んだ。  雪玉は柔らかく握られていたのか、それほど力を込めて投げていなかったのか、当たった痛みは殆ど無かった。でも、凍っているものが皮膚に触れたのだから、冷たいものは冷たい。かじかんで鼻先が痛い。首元から雪が服の内側に入り込み、冷たくて気持ち悪い。 「ふっふっふっ。油断大敵だよ」  白雪は腕を組んで、得意げに笑った。  私の前髪から、ほろほろと雪の粒が幾つも零れ落ちた。 「やったな!」  お返しに、私も雪玉を作り投げ返した。けれど、白雪は軽々と避けた。 「ふふん。その程度、このわたしに当たるはずないよ」  ……絶対に当ててやる。雪に埋もれさせる。  白雪に向かって、幾つも雪玉を投げつける。けれど、彼女は飄々と躱しては合間を縫って私に雪玉を投げ返してきた。 「ほら、佑花もっ」 「え、う、うん」  佑花を味方に引き込む。二対一だから卑怯だなんて知らない。
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