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十一.
「うん……。あのね、実は私ね……お父さんやお母さん、お兄ちゃんたちに心配かけたくなくて、ずっとできるだけ何とも無いような顔をしてたんだけどね……。本当はずっと、怖くて怖くて仕方無かったんだ……。だから時々こっそり一人でここへ来て泣いたりしてたの。それでも、少しでも見えてる時はまだ良かったんだけど……ある日ね、朝、目が覚めてやけに眩しいなって、カーテン閉め忘れて寝ちゃったのかなって部屋を見回したんだけど、どこを見ても、目を閉じても、ただただ同じように眩しいだけの真っ白な世界しか見えなくなってて。あぁ、とうとう来たなって、ずっと覚悟はしてたから理解はできたけど、しばらくは震えと涙が止まらなかった。でも、今はもう怖がらなくていいんだって……。イナさんのおかげです。本当にありがとうございました」
そう言って頭を下げる亜衣加に、
「いや、僕は僕の仕事をやっただけだよ。いちばん大変だったのは亜衣加ちゃん本人だよね。偉かったね、すごいよ、本当に」
亜衣加が経験してきた苦しみに比べたら、自分の忙しさなど泣き言なんか言える余地も無いな、などと思いながらまた空を見上げる。
「あぁ、そう言えば、光の粒が消えて視界はクリアになったと思うんだけど、カメラの性能、視力の方はどう?せっかく見えてもぼんやりしてるんじゃ意味が無いだろう。あの天の川、見えてるかい?」
空に浮かぶ広大な光の帯を指差す僕に、
「うん。ちゃんと見えてるよ。でも……私がずっと見てた世界に比べたら……けっこうショボい、かな」
と亜衣加は小さく笑った。
「そっか……本当に、大変だったんだな……」
懸命に苦難を乗り越えた健気で気丈な子供の頭の一つも撫でてやるべきかと、僕は亜衣加に顔を向け片腕を上げかけたが、
「そんなのよりね、私……こうしてやっとイナさんの顔をはっきりと見られるようになったことの方が、ずっとずっと何百倍も嬉しいし幸せだよ」
真っ直ぐに僕を見詰め、あどけなさを残しつつも大人びた表情を浮かべる黒縁眼鏡の少女に、先程のヤッキの言葉を思い出し、僕は慌てて目を逸らし腕を下ろした。
淡く優しく輝く天の川が、そんな僕らを静かに見守っていた。
終
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