稲毛海岸

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師走の二十四日、クリスマスイヴ。私は稲毛海岸に来ていた。深夜十一時半に、真っ暗何も見えないのに、確かに轟音を響かせる東京湾を、ただ呆然と眺めていた。視覚では何も捉えられないのに、聴覚を激しく刺激する海は、恐怖でしかなかった。本当に飲み込まれそうだった。 無論、恋人などおらん。寂しい気もするが困ったことは無い。こうして夜中の海辺に居られるのも、孤独ゆえの自由の賜物だと思う。だから死ぬ気はさらさら無い。だがこの海を見ていると、何か巨大な存在に呼ばれているような気になってしまう。その真っ暗の中で、手をこまねいているかのようだ。何故か少しずつ足が進んでしまう。引き込まれる。一歩一歩、ゆっくりと確実に進んでしまう。怖い。怖いが止められない気がする。 あることに気づく。この激しい波の音とは別の轟音が、暗闇から近づいてくるのだ。かすかに肉眼でも捉えられる。すごいスピードでやって来る。だんだんそれは、私のそばに迫り来ていた。 サンタだ!あれはサンタだ。二匹のトナカイがサンタの乗ったそりを猛スピードで引いているのだ。海面スレスレを超低空飛行しながら、水しぶきをあげてやってくる。刹那、私の側をF1の如き迫力と速度で通過していった。すごく元気そうだった。 きっちとあれから子供たちにプレゼントを配り倒していたのだろう。私は今でも覚えている。あの「ホォウホウホウホウホウホウホウホウホウホウホウホウゥ」というサンタドップラー効果を。
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