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■12歳・台詞をなぞるように喉から勝手に声が出た。
自分は度を超えた妄想癖があるか、脳を患っているのだと思う。
セオドアは長く重いため息を吐いた。例えば今日、学校では数の計算を習った。彼の通う学校はセオドアと同じく爵位を持つ家の子供が大勢いて、大きさの大小はあれどいずれは領地を治める領主となる。そのための学校だ。
学ぶ内容はそのために必要な開墾の面積分割であったり、自分の領地に住まう食い扶持から逆算する不動穀と租税の適正な量設定であったり、およそ12歳前後の子供が習うにしては難しいもの。幸いセオドアは数の計算が得意であり、読解力も申し分ない。ちゃんと授業を受けてさえいればトップの成績だ。
内容が難しいと頭を悩ませているわけではない。セオドアのため息の理由は別にあった。
「アーニーが家を出て15分後に僕がアーニーの忘れ物に気づいて追い掛ける。アーニーが分速80メートルで道を進み、僕が分速100メートルで追い掛けると追いつくのは家を出て何分後になるか。……うう、何で僕がアーニーを追いかけてるんだ……使用人に預ければいいだろう」
アーニーとはセオドアの義理の弟、アーネストのことだ。つまりこれはよくある数の計算。忘れ物をした弟を兄が時間差で追いかける問題。ただ、セオドアはこれを例題に自分の名前を当てはめてるわけではなかった。
「どうして頭に浮かんで来るんだ……」
毎日だ。自分の今を生きる記憶と、それとは全く別のところに新たな記憶が浮かび上がる。
ただわかることは「新たに得た」というより「思い出した」感覚が強いこと。ただそれだけだ。
幼い頃から、記憶か妄想か定かでないこれのせいで知恵熱を頻繁に出した。脳のキャパシティの大半を占めるそれは増えることはあっても減ることがない。
倒れるたびに呼ばれた屋敷お抱えの医者の反応からこれが普通ではないことは知っているが、セオドアには自分以外の言うところの『普通』がわからない。
ただ7歳の誕生日、食卓に並べられたチョコレートケーキを見てはっきり「おかあさんのうそつき」と思ったことを覚えている。誕生日ケーキはタルトがいいと約束したはずだ。子供ながらの燃えるような激情が口から出そうになり、寸でで口を閉ざす。……約束?誰と? 食事の用意をするのは給仕の役割だ。それに、お母様とそんな約束した覚えないのに?
ただ生きてるだけでそんなことの連続だ。それでも、昔は少なくなかった記憶の混濁も今では随分マシになっている。これが忘れていた記憶なのか妄想なのか今もわからないが、もはや理解しようとも思わない。
ただ思うことといえば、こんな患った脳のせいで早くも人生を儚んで世捨て人よろしく生きる現状。
突発的に来る知恵熱は治らず、12歳を迎えた今でもまともに学校に行くことすら叶わない。病弱な長兄のことなど世間はすっかり忘れて、家はアーネストが継ぐことになっている。
仕方のないことだ。それでいいと思っていた。なのに、最近なぜか謎の焦燥感が胸を苛む。このままではいけないのだと。その正体の一端を知ったのは、この翌日のことであった。
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