本編

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じゅぽじゅぽと喉奥から音が鳴る。口から垂れ流しの涎はアドルフの誇りである執事服をみっともなく汚した。だが、それを気に掛けることもできずただ口内に抜き差しされる主人の剛猛を拒まないことに必死だ。口の中、喉の奥の入り切るところまで侵入しては引き抜かれ、息を吐く間もなく再び喉を突くそれを受け入れる。 「そう、上手だ。アドルフはいい子だな」 「ゔ、んぷ、んゔぅ……ッ」 褒められて、嬉しい。例えそれが邸にいる他の者たちとは全く違った業務内容だとしてもだ。 アドルフにとってリチャードの命令を拒否することは死にも等しい。例えリチャードにその気がなかろうとも。 最初こそ「少し手を貸せ」と口調と合わない柔らかな声色で熱くなったそこに手を導かれ戸惑ったが、手のひらに押し付けられた熱を拒む言葉はなかった。主人の命令を素直に聞き入れ「握って」「摩れ」「もう少し強く」「爪は立てるな」から始まったその行為は、ベッドの縁に腰かけたリチャードの股座に顔を埋める今の体勢に行き着いた。 アドルフがこの邸に来た当初から彼の仕事は変わらない。リチャードがアドルフに命じたのは毎日欠かさず朝起こしに来ること、一日中自分から離れないことの二つだ。元より人として育てられなかった男に執事をこなせるほどの教養がなかったので、従僕とした。 最初は「新しく側に置くので整えろ」とボロボロの汚れた奴隷を押し付けられ眉をひそめた家令も、リチャードの態度やアドルフへ向ける視線に何かを感じ取ったらしく何も言わなくなった。 “側仕えにする”ではなく“側に置く”と言ったのだ。リチャードの父である先代からこの家に仕えている家令はリチャードの言葉を正しく理解している。 理解がないのは雇われた者の中でも新参者のみだろう。そこにはアドルフ本人も含まれている。 アドルフは口内を蹂躙されながら、上手だと頭を撫でてくれる主人に申し訳なさを感じた。 行為を続けながら、少し前の出来事を思い出す。 彼にこの行為の意味はわからないが、息を詰め、時折苦しげな悩ましげな息を吐き出す主人が心配でならない。やはり自分が下手だからだろうと思い至った。 アドルフが来るまでリチャードの側仕えをしていたという男に教えを請えば、彼は一瞬目を見開き食いるようにアドルフを見つめると、目を細めて皮肉げな笑みを浮かべた。こういう表情を、アドルフは拾われる前に何度も目にしたことがある。 「ふん、形は整えていてもそういうことか。やはり性奴隷だな」 「? はい、わたしはご主人様の奴隷ですが」 「脳が足りないとは幸せそうで結構なことだ。そうとわかって拾ってきたのであれば旦那様も人が悪い……いや、あの方はそういった打算はしないだろうな」 彼はアドルフを上から下までじっとりと見つめたあと、俺には理解できん、趣味が悪いとぶつぶつ文句を言って溜め息を吐いた。 「今夜旦那様が寝入ったら俺の部屋に来い、教えてやるよ」 彼の名誉の為に言うならば、その申し出に決して下心などなかった。最初こそ側仕えの任を解かれたことに不満はあったが、なにも暇に出されたわけではない。これを理由にアドルフに悪意で何かしてやろうというほど、リチャードは使用人からの信頼や理解がない主人ではないのだ。むしろ新しく連れて来られた後釜を心配しているとまでは、捻くれ者の彼が決して口に出さない本音だ。 約束通り、リチャードが眠りに就くのを見計らいアドルフは男の部屋へと訪れた。 「屈む? 口に? え、舐めるのですか? 下の準備? 上にも準備があるのでしょうか? 何をすれば……ええっわたしも脱ぐ? あ、わ、やめ……や、やだ、やだぁ……ッ」 アドルフは自分の身体が好きではない。白い背中にも薄い腹にも細く伸びた四肢にも、整えられた上等な執事服の下には無数の傷跡が残っている。ぐちゃぐちゃとして汚くて、人の目に映してはいけない。 それは煙草の火が押し付けられた火傷であったり、先の尖ったガラス片がどこまで埋まるかと戯れに刺し込まれた深い傷であったり、抵抗した折檻として一本鞭が肌を切り裂いた拷問の跡である。
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