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one
私は、生まれつきの心臓の病気を持つ。
100人に1人の割合でかかる病気。
別に珍しいものじゃない。
私はこの病気が心の底から大嫌いだ。
消毒のような匂いが鼻を着く。いや、消毒のような匂い、ではなく消毒の匂いなのか。
まあ、どちらでもいい。
「浪風さん、浪風飛良さーん。」
看護師さんの綺麗な声で、私は呼ばれた。
何度も来ているこの病院の看護師さんとは年の離れた姉妹のようなものだ。
私は、看護師の浅見さんに返事をし、診察室へ向かった。
最近、どことなく体調が優れない。
季節が6月という梅雨時期であり、じめじめして蒸し暑い。それが私にとって、とても気持ちが悪く、少しばかり不愉快だった。
これらのことを、私の担当医師である松場先生に伝えた。
「そうか……飛良ちゃんは、生まれたときから本当に体が弱い子だったからね。この頃雨が続いていただろう? 気圧の変化等が原因かもしれない。でも、今までのこの時期は、大丈夫だったのにね。どうしたんだろ…… まあ、無理をしないことが一番!」
……気圧の、変化か。
私は、松場先生に言われたことに対して、少しほっとした。もし、持病が原因での“何か”だったら、とても怖いから。
松場先生は、男の先生だ。常に穏やかで、とても優しく、怖いことがあっても、伝え方を工夫して私に伝えてくれる。
そんな、松場先生や浅見さんが私は大好きだ。
でも、病院は本当に大嫌い。
何かあるごとに通院して、薬をもらって……。
普通の人は、そんなこと絶対にしないのに。なんで、私だけ。
私は、小さい頃から病院に行く頻度が多かったから もう慣れたけれど、ふと思うときがあるんだ。
みんなは、私が病院に行く時間は、好きなことをしている。私は持病のために病院へ行かなくてはいけない。
なんだ、この違いは。
私ばっかり。
みんな、ずるいよ……。
私は病院のソファーで、そんなことを考えていたら、少し 涙が出てきてしまった。急いで手で拭い、病院の出入口へ向かった。
病院を出ると、雨がぽつぽつと降り始めていた。さっきまでは曇り空だったが、天気予報どうり、雨が降ってきてしまったようだ。
私は、自分で持ってきたドット柄の傘をさした。
私は家に帰ろうとしたが、今日はなぜか 中々家に帰る気になれず、近くの公園によることにした。
この病院の近くには、“みんなの昆虫広場”という公園がある。ちなみに、昆虫広場と書いてあるが言うほどの昆虫はいない。
今日は日曜日だが、雨の影響もあって公園にはほとんど人がいなかった。いつもなら、天気の良い日の日曜日は 小さい子やその保護者、ウォーキングをしている人たちでにぎわっている。
私は、雨で濡れた芝生の上をまだ買ったばかりのラベンダー色のパンプスで歩いた。
この公園には、高台があり そこに木製のベンチが設置されてある。小さい頃、この公園で遊んでいたときは、よくその高台に登っていた。私は、その高台へと向かう。
傾斜を登り、ベンチが見えた。
「あ、」
──人がいた。
私はそのことに驚き、思わず声を出してしまった。
私が見たのは『青年』
彼は、ベンチに座らずベンチの前にしゃがみこんでいる。後ろから見る限り、学生だろう。
彼は傘をさしていなかったため、びしょ濡れだった。
……風邪、引いちゃうよ。
私は心配になり、彼に後ろから声をかけた。「あの……大丈夫ですか?! 」
「……」
私が呼びかけるものの、彼は気づかない。
「……あのっ! 大丈夫ですか!」
さっきよりもやや大きめの声で彼に言った。
それでも彼は気づかない。ただ、一点を見つめているだけだった。
そのまま放置するわけにもいかず、私はもう一度声をかけることにした。
今度は肩もたたく。
「あ、あの……風邪引きますよ……?」
彼はようやく気づき、私のほうへ振り向いた。
彼の顔を見た瞬間、私は驚きが隠せなかった。
……綺麗な肌、透き通ってガラスのような瞳、キュッとしまった唇、整った鼻、おまけにサラサラとした髪の毛。整っていて、美しすぎる彼の容姿に一瞬で目をうばわれた。なんというか、とても儚い。
触れたら、溶けてしまいそう。
「あ、えっと……私、傘もうひとつあるんです。もしよかったら使ってください。」
私は、自分の鞄から水色の折り畳み傘を取り出した。
彼はびっくりしたようで、目を見開いている。
「どうぞ……」
私は彼に傘を渡した。
「あ、ありがとうございます。」
思ったよりも低めの声に、私は驚いた。
この人は、声も綺麗なのか。
なんでも持っていてずるいな。
「じゃあ、私はこれで。傘は貰ってください。では、失礼します。」
私は足早に去ろうとした。
「待ってください!!」
私は、彼に腕を掴まれた。
彼は言った。
「お礼をさせてください!」
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