one

2/2
前へ
/8ページ
次へ
「えっ……?」 「あ、いや……すみません。俺の──あ、僕の家がケーキ屋でして。それで……もしよかったら、傘のお礼に何かごちそうさせてください。」 「いやでも……ただの傘ごときですし。」 「……もしかして、この後用事あったりしましたか?」 彼が私の顔を覗き込む。 「い、いえ。」 彼に覗き込まれ、近距離で目が合ったからか、緊張してしまった。 彼は困った顔をしていた。私がケーキ屋に寄ることを望んでいるのだろう。 「では……お言葉に甘えて。」 気付いたときには、もう言葉を発していた。 ケーキ屋は彼の両親が経営している、Sweets Heavenly(スウィーツヘブンリー)というところだった。 私の誕生日によくここへ来る。このケーキ屋は、フルーツタルトで有名だ。 「ここ……あなたのお家だったんですね。いつもバースデーケーキを買わせて頂いています。」 私が言うと彼は笑顔で答えた。 「ありがとうございます。」 いい笑顔だ、と素直に思った。 ケーキ屋店内に入るかと思いきや、彼は外階段を上って行く。 「こっち」 そう言う彼について行った。 二階にある木製の扉を開けて、私たちは中に入った。 「お邪魔します。」 この部屋は彼の部屋だろうか? 広くはなかったが、ものが少なくスッキリしていた。 彼は、「そこのテーブルの前に座っていてください」と、小さなローテーブルを指さして私に言った。 私は言われた通り、そこへ座る。 男の人の部屋に入ることがないので、緊張していた。私は、ガチガチのまま正座をし、背筋を伸ばす。 彼は棚をゴソゴソといじっている。 そしてこちらに駆け寄り、「タオルです。少し髪が濡れていたので。」 彼は、私に気遣ってくれたらしく、白いきれいなタオルを用意してくれた。 「ありがとうございます。わざわざすみません。」 「大丈夫ですよ。少し待っていてください。一階に行ってきますね。」 彼は部屋から出ていってしまった。 彼の部屋は薄暗かった。雨が降っているからだ。しかもこの部屋は窓が少ない。私は、勝手ながら電気をつけた。 パッと部屋が明るくなり、隣の部屋の中まではっきりと見えた。 その部屋には、本がたくさん並べられていた。私は、興味がわいて本棚に近づく。 「わぁ……すごい……」 本の数の多さに、声が出てしまった。 その時、外から階段を上って来る音がしたので、私はテーブルの前に戻った。 ガチャ…… 扉が開き、おぼんをもった彼が入ってくる。 「遅くなってすみません。ここのフルーツタルトと紅茶です。」 私の好きないちごがいくつものっているフルーツタルトを見て、自然と気分が上がった。 「いただきます」 私は手を合わせ、フォークを持ちいちごをつきさす。 口に入れると、甘みが口の中で広がり、小さな幸せを感じた。 「美味しい!」 私の手は止まることなく、タルトへのびた。 「それはよかった。あ、そうだ。自己紹介が遅れてしまいましたね。僕は、(すめらぎ)高校に通っています。天方玻季(あまかたはき)です。」 「えっ!!」 彼の自己紹介に私は驚いた。 「皇高校って、本当に?! 」 「うん」 「わ、私も皇高校に通ってるの。あ、えっと、波風飛良(なみかぜとびら)です。」 「俺たち、同じ高校に通ってたのにお互いのこと見たことないな。」 「皇高校、マンモス校で有名だから。私も、天方くんと同じ高校でびっくりしたよ。」 「学校でも、会えたらいいな。」 「うん、そうだね。」 私たちは、そのあともタルトを食べながら色んなことを質問し合った。 「隣の部屋に本棚が置いてあるのが見えちゃって……天方くん、本好きなのかなって。」 私が一番気になることを聞いてみた。 「好きだよ。たくさん読むよ! とびらは? 読む?」 「私もたくさん!!」 天方くんは、私が本の話題を出した瞬間、テンションが上がっていた。 「俺、小説ばっかり読んでいるんだけど、おすすめは “光が見えない少年たち”っていう作品。」 「知ってるよ! それは、5回くらいリピートした! 良い話だよね。」 その作品は、両親に捨てられた4人の少年の話だ。残酷な描写が多く、あまりメジャーな作品ではない。だから、この小説を語れる人を初めて見つけた。 「私のおすすめは、“ダンデライオン” でも、この小説は完全に女性向けかな。主人公が世界のトップを目指すんだけどね、「美」をテーマとした物語で男の人にはあまり興味を引かない作品だと思う。」 「そっか。でも、とびらが面白いって言うなら読んでみるよ。その本、今度貸してもらってもいいかな? 」 「もちろんだよ。」 私たちは意気投合し、連絡先を交換した。 ──この時はまだ、お互いの秘密を知らなかった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加