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「えっ……?」
「あ、いや……すみません。俺の──あ、僕の家がケーキ屋でして。それで……もしよかったら、傘のお礼に何かごちそうさせてください。」
「いやでも……ただの傘ごときですし。」
「……もしかして、この後用事あったりしましたか?」
彼が私の顔を覗き込む。
「い、いえ。」
彼に覗き込まれ、近距離で目が合ったからか、緊張してしまった。
彼は困った顔をしていた。私がケーキ屋に寄ることを望んでいるのだろう。
「では……お言葉に甘えて。」
気付いたときには、もう言葉を発していた。
ケーキ屋は彼の両親が経営している、Sweets Heavenlyというところだった。
私の誕生日によくここへ来る。このケーキ屋は、フルーツタルトで有名だ。
「ここ……あなたのお家だったんですね。いつもバースデーケーキを買わせて頂いています。」
私が言うと彼は笑顔で答えた。
「ありがとうございます。」
いい笑顔だ、と素直に思った。
ケーキ屋店内に入るかと思いきや、彼は外階段を上って行く。
「こっち」
そう言う彼について行った。
二階にある木製の扉を開けて、私たちは中に入った。
「お邪魔します。」
この部屋は彼の部屋だろうか? 広くはなかったが、ものが少なくスッキリしていた。
彼は、「そこのテーブルの前に座っていてください」と、小さなローテーブルを指さして私に言った。
私は言われた通り、そこへ座る。
男の人の部屋に入ることがないので、緊張していた。私は、ガチガチのまま正座をし、背筋を伸ばす。
彼は棚をゴソゴソといじっている。
そしてこちらに駆け寄り、「タオルです。少し髪が濡れていたので。」
彼は、私に気遣ってくれたらしく、白いきれいなタオルを用意してくれた。
「ありがとうございます。わざわざすみません。」
「大丈夫ですよ。少し待っていてください。一階に行ってきますね。」
彼は部屋から出ていってしまった。
彼の部屋は薄暗かった。雨が降っているからだ。しかもこの部屋は窓が少ない。私は、勝手ながら電気をつけた。
パッと部屋が明るくなり、隣の部屋の中まではっきりと見えた。
その部屋には、本がたくさん並べられていた。私は、興味がわいて本棚に近づく。
「わぁ……すごい……」
本の数の多さに、声が出てしまった。
その時、外から階段を上って来る音がしたので、私はテーブルの前に戻った。
ガチャ……
扉が開き、おぼんをもった彼が入ってくる。
「遅くなってすみません。ここのフルーツタルトと紅茶です。」
私の好きないちごがいくつものっているフルーツタルトを見て、自然と気分が上がった。
「いただきます」
私は手を合わせ、フォークを持ちいちごをつきさす。
口に入れると、甘みが口の中で広がり、小さな幸せを感じた。
「美味しい!」
私の手は止まることなく、タルトへのびた。
「それはよかった。あ、そうだ。自己紹介が遅れてしまいましたね。僕は、皇高校に通っています。天方玻季です。」
「えっ!!」
彼の自己紹介に私は驚いた。
「皇高校って、本当に?! 」
「うん」
「わ、私も皇高校に通ってるの。あ、えっと、波風飛良です。」
「俺たち、同じ高校に通ってたのにお互いのこと見たことないな。」
「皇高校、マンモス校で有名だから。私も、天方くんと同じ高校でびっくりしたよ。」
「学校でも、会えたらいいな。」
「うん、そうだね。」
私たちは、そのあともタルトを食べながら色んなことを質問し合った。
「隣の部屋に本棚が置いてあるのが見えちゃって……天方くん、本好きなのかなって。」
私が一番気になることを聞いてみた。
「好きだよ。たくさん読むよ! とびらは? 読む?」
「私もたくさん!!」
天方くんは、私が本の話題を出した瞬間、テンションが上がっていた。
「俺、小説ばっかり読んでいるんだけど、おすすめは “光が見えない少年たち”っていう作品。」
「知ってるよ! それは、5回くらいリピートした! 良い話だよね。」
その作品は、両親に捨てられた4人の少年の話だ。残酷な描写が多く、あまりメジャーな作品ではない。だから、この小説を語れる人を初めて見つけた。
「私のおすすめは、“ダンデライオン” でも、この小説は完全に女性向けかな。主人公が世界のトップを目指すんだけどね、「美」をテーマとした物語で男の人にはあまり興味を引かない作品だと思う。」
「そっか。でも、とびらが面白いって言うなら読んでみるよ。その本、今度貸してもらってもいいかな? 」
「もちろんだよ。」
私たちは意気投合し、連絡先を交換した。
──この時はまだ、お互いの秘密を知らなかった。
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