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two
翌日。
朝5時に起床し、お弁当を作り始める。共働きをする両親の分も一緒に作る。
波風家は、甘い玉子焼き派なので、生卵をかき混ぜるときに砂糖を少量加える。
高校生になってから、自分でお弁当を作っている私は、お弁当作りに慣れてきていた。
赤色、黄色、緑色。お弁当の中にこの3色は、必ず入れる。この3色がそろったら、お弁当は完成だ。
今日は昨日の夜ご飯のハンバーグが入っているので、いつもより豪華なお弁当ができた。
それぞれのお弁当箱に蓋をしめて、保冷バッグに入れる。
キッチンカウンターに丁寧に並べておき、ひとまず朝の仕事は完了した。
壁掛け時計を見ると、6時45分をさしていた。それと同時に、階段を誰かが下りてくる音がした。お母さんだ。
私は、急いでポットのスイッチを押す。
お母さんは、毎朝コーヒーを飲むのに今日は用意するのをすっかり忘れてしまった。
「おはよぉ」
あくび混じりで、お母さんは私に挨拶をする。私も「おはよう」と返す。
「あれ? 飛良がコーヒー忘れるなんて、珍しいね。」
まだコーヒーを入れていないことがあっさりバレてしまった。
「うん、ごめん。」
私が謝ったあと、お母さんは顔を洗いに洗面所へ向かう。しかし、2、3歩歩いたところで足を止めた。
「飛良さ、悩み事とかないよね……? 」
お母さんは、私に背中を向けたまま喋った。
お母さんの突然の奇妙な質問に、私は驚いた。なぜ、そう思ったのだろう。
「どうして?」
「飛良はさ、物事をきっちりやるタイプじゃない? それは自分でもわかるかな。自分で決めた時間の中で自分の決めたことをする。だけど、昨日から少し飛良の様子がいつもと違ってて。帰りが遅かったし、コーヒーも入れ忘れる。当たり前のことだけど、飛良にとっては当たり前じゃないから。だから……悩み事、できちゃったのかなって思ってね。違ってたらごめん!!」
まあ確かに、昨日は天方くんと会ったから、いつもとは違う日曜日だった。
私はお父さんに似て、決めたことはきっちりやらないと、モヤモヤするタイプだ。だから、帰りが遅くなったり、コーヒーを入れ忘れたりすることは、私にとっては大きな変化なのである。
それをお母さんは、“何がおかしい”と思ったのだろう。
でも、悩んでいる事など特になかった。
「何も悩んでないよ。」
「そう? じゃあ……好きな男の子とかできたりしたの?」
今度は、こちらを向いてニヤニヤしながら私に問いかけてきた。
「できないよ。」
好きな男の子、まではいかないが男の子と何かあったと感じとるお母さんは鋭い。
「でも、昨日は天方玻季っていう男の子と話したよ。傘を貸したお礼にケーキをご馳走してくれた。彼の家、Sweets Heavenly だからね。」
「そうだったの! その子、どんな感じだったの?」
お母さんは興味しんしんのようだ。
多分、私に男っ気がないからだと思う。
「普通の人だよ。っていうかお母さん、時間!! 朝は忙しいんだから、 こんな話してる場合じゃないよ!!」
「はい……」
お母さんは、もっと聞きたかったのにとつぶやき、洗面所へ向かった。
私は、急いでお母さんのコーヒーを用意し、自分の準備に取りかかった。
朝食は、お父さんが担当。洗濯物、掃除はお母さんが担当だ。
お父さんは7時まで寝ているので、私は先に学校の準備をする。
「英語と、数学……」
忘れ物をすることは避けたいので、丁寧に確認する。
あ、そういえば昨日……天方くんが“ダンデライオン”貸してほしいって言ってたな。
でも、学校で会えないよね。
天方くんって、何年何組なんだろう。歳とか気にしてなくて、タメ口使っちゃってたな。
まあいいか。
私は本を持っていこうか迷ったが、念には念をということで、結局鞄の中に放り込んだ。
そのあと、お父さんの作った朝ごはんを食べ、制服を着る。
最後にネクタイを締め、髪の毛に軽くヘアアイロンを通す。わりと直毛だが、毛先をまとめるために少し巻いている。
玄関に置いてある姿見で全身を確認し、ローファーを履く。
「いってきます」
私が言うと、部屋の奥から「いってらっしゃーい」とお母さんの元気な声が聞こえた。
マイペースなお母さんは、準備に手こずっているようだった。
外に出ると、雨が降っていた。
また今日も雨か、と思いながらドット柄の傘をさす。私は、そのままひとりで歩き出した。
私は、ひとりでいるときはよく妄想をしている。もちろんいかがわしいことを考えているのではなく、私の場合、小説について考えている。
例えば、続きが気になる終わり方をした小説があったとする。私はその続きをひたすらに妄想している。
あの二人はあの後結婚するんだろうな、あの少女は、夢を叶えてシンガーソングライターになったんだろうな……。
この妄想は、私にとってとても楽しいものだった。
──チャリン、チャリン
その時、後ろから自転車のベルの音がした。
これは……
「とびらぁぁ、おはよー!!」
やっぱり、予想的中。
その自転車は私の真横で急に止まった。彼女は、白いビニールカッパを着ている。
「おはよう、ゆづ。」
彼女は、私の友達だ。
鷺沼ゆづり、通称“ゆづ”
身長が高く、細身でスラリとしてる。末広二重で目尻はほんの少しだけ上がっている。鼻は小さく整っていて、髪型はベリーショート。彼女は、かわいい かつ イケメンだ。
「本読んだよ。いやー、ムズかったな。法律系の話出てくると全然だめ。」
彼女は、自転車に乗らず、おしながら私に小説の感想を述べた。
私が、ゆづに貸したのだ。
「ごめん、ちょっと難易度高かったかも。でも、長編小説って、読み終わったあとの“達成感と寂しさ”が味わえるから、好きなんだよね。」
「確かに! 達成感はなんとなくわかってたけど、寂しくなるんだなって驚いた。」
ゆづは、歯を見せてニコッと笑った。
「バスケあるのに、ごめんね。」
彼女は、女子バスケ部に所属している。小学生からやっているらしく、1年だが、キャプテンをつとめている。
「ううん。良い気分転換になったよ。大会のこととか、勉強のこととか考えてていっぱいいっぱいになってたから。今度は難易度低めのやつ貸してな!」
「うん」
私たちは、そのあとも小説の話やバスケの話、それぞれ好きなことを話した。
──彼女は、私の病気を知っている。
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