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学校に着き、教室に入る。
すると、笑顔全開でこちらに駆け寄ってくる女の子がいる。走るときに揺れる、綺麗な茶髪に目を奪われる。
「とびらちゃーん!! ゆづちゃーん!! おはよぉー!」
小さな子供のように私にすがりつく彼女は、とても愛らしかった。
私とゆづは、彼女の頭を撫でながら「おはよう、甘えん坊。」とあいさつをした。
彼女もまた、私の友達である。そして、私の病気を知っている人でもある。
藍原妃乃。物語のヒロインによくいるような名前は、彼女にぴったりだった。彼女は、とにかく色白美肌で血色の良い頬と唇を持っている。目はクリッとしていて、茶髪なので、お人形さんのようなのだ。“可愛い”という単語は彼女のためのものであると私はいつも思ってしまう。
そして、可愛すぎる容顔をしているのにも関わらず、彼女は背が低く、胸がでかい。彼女は可愛いをかき集めてできている。
私が男だったらドストライクである。
もちろん、彼女には彼氏がいる。
「そういえば妃乃、昨日のデートはどうだった?」
私とゆづは妃乃の机に集まり、妃乃の恋愛について質問した。
「た、楽しかったよ!」
妃乃は両手で顔を隠した。しかし、耳まで真っ赤なので、照れていることはバレバレだ。
妃乃の彼氏は、隣のクラスの橘 都傘という人らしい。妃乃に彼氏がいることは知っているが、彼氏がどういった人物なのかはあまりわかっていない。ゆづは、橘 都傘くんのことをよく知っているそうだ。
「楽しかったのか。よかったな!!」
ゆづはくしゃくしゃと妃乃の頭を撫でる。
妃乃はえへへと可愛い声を漏らした。
「あ! そうだ! つかさくんと一緒に歩いてるときに、とびらちゃんを見かけたんだ。それでね、よく見たら隣に男の子がいてね、恋人できたのかなって思って!! とびらちゃん、彼氏できたの?!」
「えっ?!! とびらマジ?!! おめでとう!!」
いきなりの妃乃のとんでもない発言から、話がどんどん違う方向へ進んで、私に彼氏ができたことになっている。
「ちょっとストップ!! 現実と違う感じになってる! 彼氏なんてとんでもないよ、できてません!!」
多分、昨日は天方くんといたから。ふたりで歩いているところを妃乃に見られたのだろう。
「えーそうなの? じゃあ、あの人誰? とびらちゃんお兄ちゃんとかいなかったよね。」
彼女たちに天方くんのことを話そうか迷ったが、話さない理由がなかったので話すことにした。
「話すと長くなるよ?」
私が言うと、彼女たちは目を輝かせて頷いた。
*
ゆづと妃乃は、とても良い人だ。だから、彼女たちに隠していることはほとんどない。
ふたりと仲良くなったのは、今年の春──。
桜がちょうど散り始めている頃だった。
私は、高校での入学式含め、その1週間は体調不良のため学校を欠席していた。
そのため、登校したときにはもうグループやら何やらができていて、私が入る余地なんてなかった。友達が作れなかったのだ。
だから、小説に逃げてずっとひとりでいた。
──本当は友達がほしかったのに。
どこかの片隅にあるこの気持ちは、私の中で押し込んでいた。
4月下旬。
その日、私は失態をした。
体育の授業に遅れたのだ。
私は、10分休みに担任の先生にパシられた。そのあと、体育着に着替えている間にチャイムがなってしまった。
チャイムがなった時には、冷や汗をかいた。今まで、授業に遅れたことなんて一度もない。病院に行く時は、早退をしているから遅刻などしたことがなかった。
私は、猛スピードで走った。1年生の教室から、体育館までの道のりは、とても長い。もう間に合わないとわかっていても、みんなが準備体操をしているときに到着できたらベストだ。
私は、もっとスピードをあげた。
「ハァ、ハァ……」
辛かったけれど、そんなことを考える暇はなかった。
私は体育館シューズに履き替えて、すぐそこにある体育館へ走った。
しかし。
──ドンッ
私の心臓は、悲鳴をあげていた。
すぐそこに体育館の入口があるというのに、私はしゃがみこんでしまった。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ……」
どうしよう、息が……できない。
助けを呼びたいけれど、息ができなくて声が出せない。
助けて! 誰か! 気づいて! 苦しいの……!
心の中で願っても無駄だった。だって、私には友達がいないから。私の存在を知っている人なんて、いないのだから……。
自業自得だ。自分の心臓が弱いことをわかっているのに、あんなにスピードをあげて走ったから。
心臓への負担が大きすぎた。
ドン、ドン、ドン──
体育館の中から、ボールをつく音が聞こえた。授業が始まってしまった。
わかっていたけれど、本当に誰も気づいてくれないと確実にわかり、焦る気持ちが大きくなった。
どうしよう。どうしよう。
焦りとともに、心臓の鼓動は先程よりも激しく、速くなり息もあがってきた。
私は、胸の辺りを強く押さえ、深呼吸を試みる。しかし、うまくいかなかった。
そのときだった。
「とびらちゃん?! 大丈夫っ!!?」
体育館から、女の子がふたり出てきたのだ。
「立てるか?! あたしの背中に乗れ!!」
1人は、色白の女の子。もう1人は、ショートカットのイケメン女子。
私は、嬉しさで涙が出てきてしまった。
私が呼吸を荒げ、肩を震わせて泣いていると、頭にふわっと何かを感じた。そして、頭の上から優しい声が響いた。
「苦しかったな。でももう大丈夫だ。保健室に行こう。」
イケメン女子のほうだ。
そのあとも頭と背中を撫でてくれて、私を落ち着かせてくれた。
そこへ慌ただしく、体育の先生が駆けつけてくる。
きっと、色白の女の子が呼んでくれたのだろう。
「波風さん!! 大丈夫?! 気づいてあげられなくてごめんね。立てる? 」
先生はとても申し訳なさそうな顔をしていた。眉が下がっている。
そのあとは、先生とイケメン女子の肩を借りて、保健室のベッドで休んだ。
翌日。
私の体調は、良好だった。
私はいち早く起きて、クッキーを焼いた。お菓子作りは、わりと得意だった。
ラッピングをして、カバンに入れて学校へ登校。
私は、色白の女の子とイケメン女子の方へ向かった。とても緊張していた。
でも、昨日のお礼がしたい。その気持ちが勝っていた。
「あのっ……」
私が声をかけると、同じタイミングでふたりが振り返る。
「あ、とびらちゃん! おはよぉー! 体調は大丈夫?」
「おお、とびら。おはよ!! また辛かったらいつでも言ってな。」
……あれ? 意外と普通? なのかな?
「あ、はい……えっと、それで、昨日のお礼なんだけど……助けて、くれたから。」
私はおどおど喋りながら、ラッピングをしたクッキーを渡す。
「手作りだから、苦手だったら食べなくて大丈夫。でも、お菓子作りは自信があるから、もしよかったら食べてほしいな……。」
ふたりは目を見開いていた。
「え〜!! これとびらちゃんが自分で作ったの?! すごーい!! ケーキ屋さんとかに売ってるやつだよこれ!!」
「だな! すごいな、ほんとに。あたし手作り全然大丈夫! こんな美味そうなやつ、食べない人いないだろ! ありがとな!!」
「うん!!」
やった……喜んでくれた!!
私は自作のクッキーをべた褒めされてとても嬉しかった。
その日から、ふたりは私に話しかけてくれるようになり、私も話すようになった。
ふたりと出会ったときは、苦しくて死にそうだったけれど、今となってはとても楽しい。
ふたりといる時は、私にとってかけがえのない時間なのだ。
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