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「──という訳で、彼は恋人とかじゃないの!」
私は、天方くんとの出来事の一部始終をゆづと妃乃に話した。
「……ん? 待って……あまかたはき、ってどこかで聞いたような……あ! 奏先輩の友達!!」
ゆづが身を乗り出して私に言った。
奏先輩とは、ゆづが密かに恋心を寄せている白波瀬奏という人だ。私は、まだ彼を見たことがない。
「奏先輩と同い年?! じゃあ、天方くんは、2年生ってことだよね?!」
「うん、多分“あまかたはき”って言ってた気がするんだよな。」
「とびらちゃん待って! ゆづの“多分”はあてにしない方がいいと思う!」
ゆづの“多分”発言に妃乃がツッコミを入れた。
「なんだと妃乃ー!」
ゆづはそう言いながら、妃乃の頬をムニッとつまんだ。
「ごめんなひゃいー」
妃乃が抵抗するのをゆづは面白がっている。
すると、ゆづと目が合った。ゆづはニヤニヤしながら、こちらに手を伸ばし私の頬までムニッとつまむ。
やられた、そう思った。
「ゆづ様ぁぁぁ どうしてでひゅか! 私にもやりゅなんて!」
「アハハハッ!!」
ゆづはとても楽しそうだった。
それなら、まぁいいか。
私は諦めた。
そんなことをさておき、本題へ戻る。
「まあ、よくわからないから自分たちで調べたらいいんじゃないかな?」
ゆづがその提案をしたあと、私はあることを思い出した。
──ダンデライオン。
私が天方くんのために、学校に持ってきた小説だ。
「異議なしだよ。しかも私、天方くんに小説を貸す約束をしているんだよね。」
「じゃあ、昼休みに行くのはどうかな? ゆづちゃんもとびらちゃんも昼休み大丈夫?」
妃乃の質問に、私たちは大丈夫だと頷いた。
「私たちは大丈夫だけど……妃乃、つかさくんは? 今日はお昼一緒にいないの?」
昼休み、ほとんどつかさくんと一緒にいる妃乃が、私たちの“天方くん探し”に付き合ってくれるのだろうか。
「つかさくんには、連絡しておく! 今日はふたりと一緒にそのあまかたっていう先輩を探してもいい?」
つかさくんとは大丈夫そうなので、私はもちろんだよと答えた。
昼休みになり、私は鞄の中から小説を取り出した。朝、鞄の中に雑に入れたので角が少し折れていたことが悲しかった。
3人で階段を降りて1つ下の階にある2年生の教室が並ぶ廊下に出る。
私は、今更緊張してきてしまった。昨日の約束を、天方くんがもし忘れていたらどうしよう。そんな不安が湧きあがってきた。
なにしろ、“ダンデライオン”は女性向けの小説だ。あの時は気を使ってくれて、『今度貸してもらってもいいかな?』と言ってくれたのかもしれない。
私は不安のあまり、完全にネガティブ思考なっている。
「あれ? ゆづちゃん!?」
突然、ポニーテールをしている女の先輩に声をかけられた。
「こんにちは!! 突然なんですけど、奏先輩ってどこにいますか?」
ゆづの知っている先輩なのか、ふたりは抵抗なく会話をしている。
「普通にC組の教室にいるよー」
「はい、ありがとうございます!!」
ゆづはペコっとお辞儀をした。私と妃乃もそれに続いて軽く頭を下げる。
そのあと、C組へ向かった。
教室のドアは全開だった。中を覗くと、天方くんらしい人物が見えた。
学校で見る天方くんは、新鮮だった。
彼は、ひとりで読書をしている。だから、とても呼び出しにくい。
すると、ゆづが奏先輩を呼んでくれた。
「どうした、ゆづ。」
奏先輩は、こちらに来てドアにもたれかり、腕組みをしてゆづに尋ねた。
身長が169cmもあるゆづよりもはるかに背の高い奏先輩に、たじろいてしまった。
細渕の丸メガネをしている彼は、KーPOPアイドルにいるような顔立ちをしていると密かに思った。奏先輩は、ガリ勉だとゆづから聞いていたので、もっと地味な感じかと思っていた。しかしそれは、私の偏見だった。
「奏先輩、確か天方玻季……先輩 と仲良かったですよね?」
ゆづが奏先輩に聞いた。
「ああ、玻季に用があるのか?」
奏先輩は、腕組みをしたまま教室の中に目をやる。視線は、天方くんの方ほうにあった。
「はい。この子が」
ゆづはそう言いながら、私を指した。
私は急いで小さく頭を下げる。
「じゃあ、今から呼んでくる。」
奏先輩が天方くんに話しかけているとき、天方くんがこちらを見た。
目が合ってしまい、なんだか恥ずかしくなって、私は大袈裟に目をそらした。
しばらくして、天方くんがこちらに来た。
「とびら。」
私の目の前に立ち、私の名前を呼んだ。
奏先輩よりも背は低いが、それでも私が見上げるほどだった。
「天方くん、昨日言ってた本なんだけど、貸す約束だったから……」
とても緊張した。
変に心臓が鳴っていることは、嫌でもわかる。
「ああ、ダンデライオンだったよな。わざわざありがとう。」
天方くんは、昨日の約束を覚えてくれていた。それだけでほっとしたのに、彼の綺麗な声で「ありがとう」とまで言ってくれて、とても嬉しかった。
私は、天方くんに本を差し出す。
天方くんがそれを受け取るときに、私の手と天方くんの手が触れた。
一瞬、どきりとしてしまった。
好きでもない男の子の手に触れただけで、ドキドキしたことが、恥ずかしくて逃げ出したかった。
「あ、天方くんって2年生だったんだね。」
私はそういえば、と思って話題を変えた。
「うん。とびらは、同い年だと思ってた。大人っぽいからかな。」
「それ、老けてるってこと?! ショックだよ!」
私が言うと、天方くんは笑った。
「違う違う、褒めてるんだよ。鈍いな。」
そっか、褒めてくれたのか。
「鈍いのかな。恥ずかしいな……」
「恥ずかしがることないって。そこがまた見てて面白いから。」
からかうように言われたので、もっと恥ずかしくなって、顔が熱くなった。
「面白いなら……まあいいか。」
また、天方くんは笑っていた。
「顔真っ赤。」
天方くんは、顔を赤くした私にツボっているようで、ずっと笑っていた。
彼は、笑うとき大声をあげない。少しだけ笑い声を出して笑うのだった。
この綺麗な笑い方は、素敵だなと素直に思った。
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