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その出会いから、気がつけば妙子はこのバーに足繁く通うようになった。
客層はハイクラスな人ばかりだったが、妖しく美しいマスターとのおしゃべりはとても楽しく、この店の雰囲気も妙子を癒した。
多い時は月に数回通っていたが、仕事が忙しくなってからは、今夜は久しぶりの来店になってしまった。
「お仕事大変ですか?」
優しい声でマスターは尋ねる。
「はい。私、もう入社して6年経つんです。28歳で独身で、そこそこ大きな仕事も任せられて、ついつい頑張っちゃうんです」
少しだけ寂しそうに妙子は話した。
28歳。
同期の女性たちはほぼ結婚して、結婚していなくても恋人がいたり、仕事以外にもプライベートは充実していた。
しかし妙子は恋人がいたこともまだ一度もなく、仕事だけの毎日を過ごしていた。
そんな時にこのバーを知り、やっと自分の新しい世界を見つけたのだった。
「好きな方はいらっしゃらないんですか?妙子さんは自分に自信がないだけで、本当はとても素敵な方ですよ」
にっこり微笑むマスターは、なんでもお見通しだと妙子は恥ずかしくなる。
実はつい最近、好きな人ができた。
名前は生島遼一。妙子より一つ年上の29歳だった。
同じ会社だが部署は違う。
何度か見かけては素敵な人だと思っていた。
中性的な美しい顔立ちで、優しそうな雰囲気。遼一を見るだけで幸せな気持ちになった。
一ヶ月前に、妙子の部署が引き受けているプロジェクトの合同の飲み会があり、妙子はたまたま遼一と会話をする機会が出来た。
それがきっかけとなり顔見知りになった妙子と遼一は、オフィスで会えば挨拶や会話をするようになっていた。
遼一は会話も優しく妙子を気遣ってくれて、妙子は接して行くうちに憧れから好意へと気持ちが変わっていった。
「実は、最近気になる人がいるんです。私なんてとても振り向いてもらえないような素敵な人なんです。女子にも人気があるし。でも見てるだけで良いんです。私の目の保養です」
妙子の言葉に、マスターは優しい瞳を向ける。
「じゃあ私が少しだけ妙子さんに魔法をかけてあげます。私なんて、って言葉が消える魔法を」
「え?」
冗談のような、でも本当に魔法をかけてくれるようなマスターの言葉に、妙子は少しだけ驚いてマスターを見つめる。
「妙子さんは、きっと素敵な恋をします。もう、かけましたからね」
にっこり笑うマスター。妙子はクスッと笑ったが、本当に魔法をかけてもらえた気がした。
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