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マスターとの楽しい会話を終え、終電前に妙子はバーを出た。
大通りに向かう途中、ビルの隙間から声が聞こえて妙子はギョッとした。
覗くように見ると二つの人影が重なっている。
どう見ても男同士のようだが、雰囲気的に恋人同士だと思うと妙子は恥ずかしくなり、気づかれないように立ち去ろうとした。
「もう良いからッ!」
若い男の声に妙子はビクッとする。
そして、ビルの隙間の若い男と目が合うと、その若い男の顔を見て妙子は目を見開いた。
その顔は、いつも目で追っていた遼一だった。
「生島さん?」
「あ……繭村さん?」
妙子に気がついた遼一も驚いて妙子を見つめる。妙子には遼一が焦っているように見えた。
「遼一」
後から出てきた、声の低い男の姿を妙子は見る。
スーツを着た、遼一よりも長身で目つきが鋭い美男子だった。
妙子が美男子を見つめていると、遼一はバツが悪そうな顔をする。
「遼一の知り合い?」
美男子が遼一に尋ねる。
「同じ会社の人。繭村さん、じゃあ、また」
遼一はそう言って、そそくさと大通りへ向かって歩き始めた。美男子も無言で遼一の後ろをついて行く。
妙子はびっくりしたのもあったが、そのビルの隙間の先にラブホテルが見えてドキリとした。
あそこから遼一があの美男子と出てきたのかと思うと、妙子の心の中がざわつく。
せっかく、マスターに魔法かけてもらったばかりなのに。最悪。
妙子は俯いてつぶやくと、ゆっくりと大通りに向かった。
まさかこんな場所で、遼一の姿を見ると思ってもいない。
重なり合った姿はどう見ても抱きしめあっていたし、見間違いかもしれないが、唇が重なっていたようにも見えた。
好きになった遼一が、まさか男と。
結局また自分の恋は、実ることなどないと思い知らされ、呆然としながら一人暮らしの部屋に帰ると妙子は部屋に座り込んだ。
中学、高校、大学と、今までだって好きになった人は何人もいる。
勇気を出して告白したこともある。
でも一度だって恋が実ったことはない。
身体だけの関係の男もいない。
28年間、ずっと一人で過ごしてきた。
初めっからわかってたでしょ。
生島さんに好きになってもらえることはないって。
ちょっとだけでもドキドキ出来たんだもん、それで良いじゃない。
妙子は自分にそう言い聞かせて、明日直ぐに顔を見ることもない週末で良かったと思った。
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