第58話 岬を目指して

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第58話 岬を目指して

 ――ゆらゆらと心地よい揺れに、プロクスはゆっくりと目を開けた。目の前には蜜柑色の頭があった。  弟子が自分を背負って歩いているのだとわかり、もう一度その肩に頭を置く。 (――薄暗いというか、夜だな)  どこかの森の中だ。星が随分たくさん出ている。綺麗だなぁ、とプロクスはぼんやり思ったが急激に意識が覚醒する。 「……いや、いかんいかん。ルキ、今どこにいるかわかっているか?」  再び頭を起こし、ルーカスの顔を後ろからのぞき込む。  ルーカスは仮面こと樹果を顔に貼り付けていた。目の部分に空いた穴からその瞳を見、首を傾げる。 「あぁ、先生。動けるようになったの? 良かった」  ルーカスがいつも通りに話す。いつも通りに見えるが、プロクスは敏感に異変を感じ取っていた。 「ルキ、他のみんなは?」 「わからない。魔人兵がいっぱい来たから、俺だけ先生を連れて逃げてきた」 「そうか。ところで、今は夜だろう? 移動するのは危ないよ。私だってまともに動けないし、隠れたほうがいい」  プロクスは自らの四肢に力を入れる。魔力は温かく流れているが、思い通りに動きそうにはない。 「大丈夫だよ、先生」  ルーカスはそう言うが、その側から茂みの中に潜み、追いかけてきている者たちがいる。 「全然大丈夫だ」  仮面の下で、弟子は笑う。隠れている者たちの存在なんて、とっくに気づいている。  彼はプロクスを背負ったまま、腰の雷蹄を抜いた。闇よりも濃い、黒き鋼が禍々しく煌めく。 「しっかり捕まっていて、先生」  そうして、ルーカスは追跡者たちに襲いかかる。  闇に潜んでいたのは、二つの頭部を持つ狼。  ルーカスに背負われ、しっかりその腰を彼に縛られたプロクスは、戦う弟子の邪魔とならないように体を縮めた。 「怖い? 先生」  剣を振るいながら、ルーカスは優しく言う。目の前で口を広げた狼の顎を下から貫く。バタバタと血が零れる。雷蹄の刃は鋭い。持ち主の力によっては、どんな妖魔もバターのように切れる。  別の角度から飛びかかってきた狼の脇腹に、ルーカスは剣を突き立てる。迷い無く斬り捨てると、生臭い匂いが辺りに充満した。 「……俺は、全然、怖くない」  地面に魔物の死体が転がる。まだ息があるものを見つけて、ルーカスは素早く息の根を止める。  生き残った狼たちは逃げ出した。敗走するその姿に、ルーカスは笑う。  その瞳に狂気を見て、プロクスは悲しくなる。弟子の心が欠けてしまったのに気づいた。 「ん、どうしたんだ、先生?」  突然後ろからぎゅっと抱きしめられて、ルーカスは血に塗れたまま振り返る。 「……少し休憩しよう、ルキ」 「そうだね、もう少し進んでからね」  子供を諭すようにルーカスは言い、雷蹄を鞘に戻した。  樹果が示す方向に、疲れ知らずのルーカスは再び進み出した。  彼の背で、星を何度も見上げて、プロクスは岬に確実に進んでいることを確認する。ルーカスは危うげなく、暗闇を歩き続ける。 「寝ていていいよ、先生」 「……君を歩かせているのに」  プロクスは、ルーカスの二の腕をさする。 「……お別れの前に、君のご両親の話をしておきたいのだけれど」 「別にいいよ。俺は孤児、先生の養子。それでいいだろ?」  きっぱり言われて、プロクスは言葉を無くす。
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