第1話 騎士王は畑にいる

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第1話 騎士王は畑にいる

 サンクトランティッド帝国には、七人の王がいる。  最も南に位置する通称帝都こと、アストライア主国には【王帝】。サンクトランティッド帝国の七人の王の頂点に立つ宗主で、唯一無二の王。領土の下半分は海に接する。  帝都以外の国に存在するそれぞれの地の支配者は、【王侯】と呼ばれる。サンクトランティッド帝国という枠の中から見れば、彼らは王の縁戚である公爵という立場だが、王帝は彼らをそれぞれの地の王として任じている。  王帝、王侯共に元をたどれば騎士王・アトラス=ハイキングが始祖だ。アトラスの血族で、膨大な魔力を持つ者は【(タハト)】と呼ばれる濃紺の瞳を持つ。  彼らは王であると同時に祭司でもあり、民の安寧を祈願するのは王族の役割であった。そして、【夜】の末裔が各地で王として君臨している。  プロクスの領地があるのは、アストライアの東にある僻地・ツァガーン。  元は公国であったが、数十年ほど前に王侯一族が途絶えたこともあり王帝の直轄地になった。原っぱとはいえ一応村は点在し、その中でもサーティス=ヘッドに接する西の空白地帯、足摺の森を監視する役目を担っていた。  彼女の本来の名は、プロクス=ハルノート・グラディウス。近しい者は彼女のことを「ハル」と呼ぶ。  ハイキングは、王家から騎士の頂点に立つ者――騎士王のみが許される名称であり、彼女は王や貴族から「プロクス=ハイキング」と呼ばれ、公ではそれを名乗る。 「さて今日も頑張りましょう」  プロクスはロバのアシリータを伴い、家の周囲の畑に実った作物を収穫する。濃い緑の葉っぱの下にある、黄色や赤のまん丸い実を見て、彼女は首をひねる。 「トメトスはまだだねぇ。もうちょっと熟れたほうが美味しいな」  言いつつ、大きなものをぷちぷちと手でちぎっていく。ロバのアシリータがほしがったので、一つあげる。  井戸から水を汲み、桶と杓子を手に斜面の畑に水を撒く。土の具合を指先で確かめて、小さな芽が出ているのを見てそっと微笑んだ。  ツァガーンに住み、早四十年。プロクスは、すっかり農業が板に付いていた。最初はちょっとだけ、から始まり今では家の周囲一面が畑と化した。今の服装も、何度洗っても大丈夫な麻の服に前掛け、つばの広い帽子。その胸には目と口に穴が空いただけの素朴で不気味な木の仮面。  これを見て、誰が王の片腕だと思うだろうか。 「小石(ボロロス)芋も収穫時だな」  プロクスは手慣れた様子で、土を掘り返す。たくさんのイモを見て、宝物を見つけたように目を輝かせた。両手の籠にイモをいっぱい入れて、いそいそと水場に向かう。井戸の近くで小さなそれを水に浸して洗っていく。 「――先生!」  遠くから、元気な少年の声がした。  その声に、プロクスは仮面をつけて立ち上がる。  丘の下、荷物を背負った彼女の愛弟子がいた。プロクスの姿を見つけると、彼は一目散に駆けてくる。立派な漆黒の騎士服の襟を緩め、手を振りながら。 「お帰り、新人(ルーキー)」 「新人じゃねぇえええええ!」  少年は怒鳴った。 「もう! 一人で仕事へ行っただろ! 俺も連れて行ってくれって行ったのに!」  短い蜜柑色の髪の頭、夜明けを思わせる琥珀色の瞳。プロクスの養子であり、侯爵家を継ぐルーカス・グラディウスは文句を垂れた。 「でも、君は訓練中だったから。蠅を叩くような仕事より、仲間と交流を深めるほうが良いと思うのだがね。すまなかったな、ルキ」  プロクスは弟子のことをルキ、と呼んでいた。それは昔からなので、弟子は口を尖らせただけで何も言わない。 「……弟子を成長させようと思わないわけ?」 「偏屈な老人といるより、たくさんの人と触れあい成長していくことの方が重要だよ」  またそんなことを言う、とルーカスは呆れたようにため息をついた。
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