第1話 騎士王は畑にいる

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「俺もうすぐ十五だし。成長しているし」  ほら見ろ、とルーカスはプロクスの横に並んだ。ほんの少しルーカスの方が大きくなっていた。 「いや身長の話じゃないのだがね。でも君が大きくなってうれしい。最初はこんな大きさだったのに」  プロクスは親指と人差し指で豆をつまむような形を作る。そんな師匠を、弟子であるルーカスは呆れて見る。 「……それで先生、大年会があるからアストライアに戻るんだろ、急がなきゃ」  そうだそうだ、とプロクスは立ち上がる。 「タンタンには使い魔を飛ばしたからアッシュクラフトを連れてきてくれるんだ。……浮気じゃないよ、アシリータさん。私はいつだって君が一番だ」  キリッとした口調でプロクスは言った。 「早く準備しなよ」  傍らにいたロバを未練がましく抱きしめる師匠に、ルーカスは呆れ顔だった。背中を押して家に入れる。 「ルキ、イモが取れたから君の好きなハチミツイモのケーキしてあげようか。お腹空いているだろう」 「せ、先生。俺は甘いの好きだけどさぁ……」  ルーカスは頭を乱暴に掻く。いつまで経っても子供扱いの師匠に、彼は困惑していた。 「また帰ったらでいいよ。アストライアに行く準備をしなきゃいけないだろう?」 「そうだね。そうだ、ルキ。しばらく国からの仕事の依頼はないし、休暇なんだ。つまり私は騎士王じゃなくて、ただの一般人。心置きなくアシリータを愛で、惰眠(だみん)を貪るつもりだけど、行きたいところある」 「え、でも大年会と次の日の王の誕生祝賀会は出るんだろ?それって仕事じゃん」 「それは前々から入っていた予定だから仕方ない……そうだ、麺。私は麺が食べたい。大年会が終わったら麺が食べたいなぁ。おっと、その前にイオダスのところにも行かないと」  休暇にも関わらず結局やることがいっぱいあるので、プロクスは静かになった。 「……わかった。麺ね。いつものとこ、席とっといてもらうから」 「さすが我が弟子。席取り名人。君になら春のタイタス山の花見だって任せられる――」  プロクスがそこまで言ったところで、彼女はふわりと身を翻して家から飛び出した。ルーカスは、その後を慌てて追いかける。  外で何かを待つようなプロクスの隣に並び、丘の下、砂煙を上げながら近づいてくる者を見る。  大地を割るように荒々しく近づいてくるのは、巨体の男。猛獣のように険しい顔をしたこれまた大きな黒い馬に跨がり、銀の甲冑に赤いマントを翻してやって来る。その兜は鹿のような角の装飾があり、顔のところは十字になっており口元だけが見える。 「見てご覧、ルキ。あの素晴らしい馬。ラスボス種の最上級の筋肉を。君もドルゴラスを見習い、体をきちんと鍛えるのだよ」 「人の方じゃ無くて馬でいいのか?」  ルーカスは少しずつ速さを緩める馬を見つめる。巨体の男はドシンと地に降り立った。それだけで、地面が軽く揺れた。 「タンタン!」  プロクスは両手を広げて駆けていく。そのまま胸に飛び込もうとするのを、男は腕を伸ばしぐいっと持ち上げる。無言で、小さい子にするようにその場でくるくると回った。  老人に何てことをするのか、とルーカスは慌てた。――彼は知らなかった。師匠が不老で、若い十八の時のままの肉体だということを。 「おい、おっさん! 先生をふりまわすな」 「大丈夫だよ、ルキ。血の巡りがよくなった」  脇を抱えられ、足が宙ぶらりんのプロクスは子猫のようだった。 「そうだな。あまりにうれしくて。ご無事で何よりです、閣下。お側におれず申し訳ありませんでした」  男は重々しく言うが、そのままプロクスを片腕に人形のように抱く。 「うん、怪我もしていないぞ」  ふむ、とタンタンこと、タイタニス・アリヤ=ハキーカは頷いた。兜を取り、明るい茶色の瞳でプロクスを見つめる。麦の穂のような黄金の髪が、風に揺れた。 「さすが騎士王だ。たった一人で蟲の巣を殲滅するとは」  そう言って、彼はプロクスをそっと下ろす。  タイタニスは、プロクスの身の回りの世話する従者であり、ツァガーン地区の神殿に勤める神官でもあった。黒いマントと甲冑の下に身に付ける赤い衣装がそれを示している。  筋肉の塊のような男は、およそ「タンタン」という名が似合わないが、騎士王は昔から親しい人間に奇妙なあだ名を付けるのが癖だった。
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