第1話 騎士王は畑にいる

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「一目散に駆けてきたので部下を置いてきてしまったのですが、馬は後から参りますよ」  タイタニスは言い、ドルゴラスにつけていた荷物を外す。三人は家の中に再び戻った。  プロクスは衣装を手にして部屋に着替えに行き、その間にタイタニスは紅茶の準備を始めた。  ルーカスはその手際の良さに感心しながら、よくカップを割らないものだと思った。タイタニスほどの手の大きさなら指先でカップを割ってしまいそうなものを。 「待たせたな」  その声に、ルーカスは振り返る。  そこには薄くて白い、上等な絹を身に付けた師がいた。詰め襟のゆったりした膝丈の上衣、銀のベルト。ズボンも裾がゆったり膨らんだ型のものだったが、いつもごわごわの衣装を着ているプロクスの体の華奢さがわかるには十分だった。  頭は白い頭巾を被り、それが飛ばないように蔦が絡み合ったような冠をのせる。いかにも貴族、という風体だがいつも身に付けている仮面のせいで台無しだった。 「ルーカスは見習いの衣装を着たままだったから、丁度良かったね」  プロクスは、ルーカスの身に付ける騎士団の衣装を見る。白いシャツと灰色のベストの上には詰め襟の黒い立派な上着。ズボンは膝下までの長さで、白い靴下と歩きやすい黒の革靴を履いている。 「俺、この半ズボンすごく嫌なんだけど何この白い靴下。早く長いズボンにブーツを履きたい」  ルーカスはぶつぶつ言う。その側で、タイタニスがプロクスに紅茶を淹れる。タイタニスの前では子供のままごと用のカップに見えていたそれが、プロクスの前に置かれた途端に普通の大きさに見えた。  「美味しい。丁度良い温度だね。さすがタンタン。素晴らしい腕前だ。茶屋を開ける」  プロクスは仮面をつけたまま、紅茶を器用に飲んでいた。 「恐悦至極に存じます」  タイタニスが笑いながら言う。そして、プロクスの前に座り、ふっと息を吐いた。何か話したそうにするのを、プロクスがカップ片手にどうぞ、と手で合図する。 「……部下が来るまでに、報告を。空白地帯と国との境にある結界についてです。やはり、長く時を経て、弱体化が見られます」  ルーカスもまた、プロクスの隣に並んでタイタニスを見つめる。 「ノグレー公国から、境界線の防壁(フォール)を獣人が破り、多数の村人が攫われたと報告が上がりました。神殿からも遠い土地で、兵士も間に合いませんでした。特に、若い娘が狙われ――【十三人の姫】の伝承が伝わる地方ですから、皆怯えて震え上がっているようで」  ――【十三人の姫】。それは、今は亡きイヴォール公国の十三人の姫君が魔族に攫われた遙か昔の事件のことだ。  姫君から生まれた十三人の子供たちは【魔人(ヘルズ)】と呼ばれ、イヴォール公国を滅ぼし、周囲の国に甚大な被害をもたらした。後に、当時の騎士王によって魔界・サーティス=ヘッドの北西に封じられた。 「そうか……やはり、結界は弱体化してきているな。古代の魔術で編まれたものだが、敵は長年それを研究してきた。そうだな、今まで改良されてこなかった方がおかしい。あの結界もおおざっぱで、小さいものなら通してしまうし。【戦火】も数が減ってきているのだろう?」 「きちんと神官によって管理されているはずなのですが、ある日突然火が消えることが増えてきたようで……何件か報告が上がっております。早急に魔術学院と神官とで原因を究明中です」 「新たな結界(ドーム)を造るという案はどうなった? 前回の大年会でも議題に上がったが、その後進捗はどうだ」  大年会とは、国中の騎士団長が集まって国防課題を話し合う重要な会議だ。プロクスも騎士王として出席が義務づけられている。 「本殿の神官で話を進めていたのですが、どうやら軍も動いているようで……しかし、あなたがいるまでに間に合うかどうか。敵はどんどん賢しくなってきている」 「というと?」 「結界(ドーム)を少しずつずらしているようですよ。破ることなく」  プロクスはため息をついた。 「賢い奴がいるようだ。異郷の民については管轄外だが、王家付きの学者に相談する。場合によっては国境兵を増やしてもらうよう取り計る。大年会の議題に挙げよう」 「それで、あなたの弟子のことですが……【黒真珠】のことですよ」  あぁ、とプロクスは深く頷いた。 「――イオダスか」 「そのことがあってか、国中から、魔術師を集めています。本殿に留まらず、自分の造った研究所で随分長く過ごしているようだ」  本殿、とはアストライアの王城にある神殿のことだ。
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